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「お待たせ」 着地したシルフィードからぴょんと飛び降りて、キュルケは開口一番そう言った。 「お待たせじゃないわよ!何であんたがここにいるわけ!?おまけにタバサまで・・・あっ、あとギーシュも」 「『あっ』てなんだい『あっ』て」と呟くギーシュには眼もくれず、ルイズはキュルケに詰め寄る。 「助けに来てあげたんじゃないの 今朝廊下からあなた達が『姫さま』だの『任務』だの話してるのが聞こえてきたのよ 面白そうだからついてきたってわけ」 キュルケは本当に心底面白そうな顔でそう言った。 「あのねキュルケ、これお忍びなの 会話を聞いてたのならそれくらい察しなさいよ」 ルイズは呆れ顔で指弾するが、 「なんだ、そうだったの?言ってくれなきゃ分からないじゃない」 キュルケはそうしれっと言ってのけると、折り重なって倒れている男達に眼を向ける。 「ところでこいつら何なの?そこの素敵なアナタ、魔法衛士隊とやらの隊長なんでしょう?この国ではグリフォンはグリフォン隊の象徴だって言うじゃない いくら大人数とはいえ、そんな人間を物取り目的で襲うものかしら?」 「ふむ しかしこの任務は姫殿下が私とルイズだけに内密で依頼したものだ 情報が漏れるとは考えにくいが・・・」 ワルドが顎髭をいじりながら応答する。それを聞いて、「ハイハイッ!」とギーシュが元気に手を上げた。 「はいギーシュ君」 キュルケがどうでもよさげに相手をする。 「こういうときこそ尋問じゃないか 僕に任せてくれたまえ」 一度やってみたかったんだなどと言いながら、ギーシュはまだ意識のある男の前に腰を落とす。身振り手振りを交えながら二言三言何かを話すと、ふんふんと頷いて立ち上がった。 「皆!彼らはただの物取りだって言ってるフんッ!!」 キュルケの掌底が綺麗に決まった瞬間であった。 「な、なんてことするんだねキュルケ!舌を噛んだらどうするつもりだよ全く・・・」 頭から倒れたギーシュは顎と後頭部をさすりながら立ち上がった。実にタフな男である。そんな彼をキュルケは屠殺場の豚を見るような眼で一瞥して言う。 「今のは尋問じゃなくてただの質問じゃない このバカ王子」 「バッ・・・!?」 「もういいからどきなさい 私がやるから――」 そう言いかけたキュルケを、横合いから突き出た一本の手が遮る。いいストレス解消を見つけたギアッチョだった。 「尋問ならよォォ~~、オレに任せな・・・ もっとも、拷問にならねえ保障はねぇがよォォォォ」 捜し求めていた玩具を見つけた喜びに、ギアッチョの顔がかつてないほど凶悪に歪む。その慈悲の欠片もない形相に、キュルケ達どころか今から尋問を受ける男達までもが震え上がった。 「・・・ああそう・・・・・・じゃあお任せするわ・・・ ・・・ほどほどにね・・・」 心の中で男達に合掌しながらキュルケは後じさった。ギアッチョはゆっくりと男達に近寄り、肩越しに振り返ってギーシュを見る。 「てめーも見るか?後学の為によォォォ~~」 ギーシュは首をブンブンと取れそうな程に振って遠慮の意を表した。 ギアッチョはフンと鼻を鳴らして笑うと、 「それじゃあてめーらは後ろを向いてな 女子供にゃ少々刺激が強いからよォ~」 実に楽しそうにそう言った。 光の速さで後ろを向いたギーシュに続いてルイズとキュルケが身体の向きを反転させる。その直後、彼女達の耳に微かに何か軽快な音楽のような幻聴が響き、数秒の後それを掻き消して、 「ウんがァアアアアーーーー!!」 という絶叫が轟いた。 「終わったぜ」 というギアッチョの声で恐る恐る振り向くと、彼の後ろでは数人の男達がピクピクと痙攣しながらのびていた。 よかった五体満足だ、と敵の安否を気遣ってからルイズ達はギアッチョの狼藉を見ていた二人に眼を向ける。ワルドの顔は微妙に血の気が引いていた。 口の端は妙な形に引き攣っている。タバサに視線を移すと、彼女はいつもの人形のような無表情のまま固まっていた。 デルフリンガーは小刻みに震えながら、もっとも恐ろしい者の片鱗を味わったなどとぶつぶつ呟いている。 そしてギアッチョは、信じられないことにまだ暴れ足りないといったような顔で首の骨をコキコキと鳴らしていた。「白い仮面をつけた貴族の男に雇われたらしいぜ」とあっさり手に入れた情報を話しているが、もう誰も彼の声など聞こえていなかった。 ギアッチョを除いた全員がそれこそホワイト・アルバムを喰らったかのように凍っていたが、やがてワルドがなんとか我を取り戻す。 「・・・さ、さあ皆 はやく宿まで行ってしまおうじゃないか ほら、もうここから見えてるよ」 彼はどうにかそう言葉を絞り出し、そこから彼らの泊まる『女神の杵』亭まで皆殆ど口をきかずに歩き続けた。なんとかルイズと話題を作ろうとして、 「・・・確かに凄い使い魔だね・・・彼は・・・」 と言ってみるが、ルイズは「あはは・・・は・・・」とただ乾いた笑いを返すだけだった。 宿の扉をくぐって、ルイズ達はようやく我を取り戻した。ぷはぁ、と息を吹き出して「なんかどっと疲れたわ・・・」とキュルケが言い、それを引き金にルイズ達の身体からは次々と力が抜けていった。ぽつぽつと会話が始まり、彼女達はようやくいつもの空気を取り戻す。 ギーシュが周りを見渡すと、タバサは懐から本を取り出し、キュルケはあくびをし、ルイズはギアッチョに怒鳴り始めた。「君、凄いね」という視線をルイズに送ってから、同じく緊張が解けたギーシュはへらへらと笑いながら軽口を叩く。 「しかし疲れたね どうにも運動不足らしい・・・これだけ歩いただけで足が棒になったよ」 それが、いけなかった。 「・・・てめー・・・今なんつった・・・?」 「え?」 ルイズの怒鳴り声など全く耳に入っていないかのような動きで、ギアッチョはギーシュに眼を向ける。 ワルドを除く全員の脳裏に一瞬である一つの予感がよぎり、「疲れたってのは分かる・・・・・・スゲーよく分かる てめーらは移動に魔法を使いまくっとるからな・・・」 それは三秒で的中した。 「だが『足が棒になる』ってのはどういうことだァァ~~~ッ!?人の足が棒に変わるかっつーのよォォォッ!!ナメやがってこの言葉ァ超イラつくぜぇ~~~ッ!!棒になったらその場で倒れちまうじゃあねーか!なれるもんならなってみやがれってんだ! チクショーーーッ!!」 事態を把握した三人娘の心は一つだった。ルイズが宿の扉を空け、キュルケがギーシュを押してギアッチョにぶつけ、そしてタバサがウインド・ブレイクで二人纏めて宿屋の外へ吹っ飛ばした。 地面に転がったまま絶望的な表情でこっちを見るギーシュから全力で眼を逸らして、ルイズは「ごめん」と一言呟くが早いかバタンと音を立てて扉を閉めた。 「えええええ!?ちょっ、何やってんの!?冗談だよね!冗談だよね!!」 ギーシュは弾かれたように跳ね起きると、ぶつかるほどの勢いで扉へ駆け寄った。 「ギーシュ!あなたの犠牲、わたし達は敬意を表するッ!!」 「か、『鍵が閉まっているッ』!!いやいや何言ってんのキュルケ!!開けてーー!! お願いだから開けてーーー!!ていうか助け・・・」 必死の形相でそう叫びながらギーシュはドンドンと扉を叩くが、あえなく時間切れとなる。ガシィ!!と後ろから肩を掴まれて、彼は恐怖の叫びを上げた。 「どういうことだ!どういうことだよッ!!クソッ!!棒になるってどういうことだッ!! ナメやがって!クソックソッ!!聞いてんのかてめー!!ええ!?クソッ!クソッ!!」 「ヒィィィイ!!どうして僕ばっかりがァアァアアァァ!!」 扉を通してギーシュの断末魔が宿屋に響き、ルイズ達は瞳を閉じて彼に黙祷を捧げた。 ワルドは普通にドン引きだった。 ボロ切れと化したギーシュを引きずってギアッチョが戻って来たので、一行はまずは一階の酒場で一服することにした。 ギーシュの恨みがましい視線を受けながら彼女達はしばらく歓談していたが、 「さて、僕は『桟橋』へ乗船の交渉に行ってこよう 君達はゆっくり食事でもしていてくれ」 頃合を見てワルドが立ち上がった。マントを翻して彼が扉の向こうへ消えるのを見届けてから、 「イヤッホォォォウ!やっと食事にありつける!」 ギーシュは両手を上げて吼えた。実に現金な男である。とは言え、彼が機嫌を治してくれたことは有り難かった。 ウェイトレスが持ってきたメニューを覗き込んで、ルイズ達はあーだこーだと言い合いながら料理を決めてゆく。一通り注文する ものを決め終えて、ルイズは隣に座るギアッチョを見た。 「ギアッチョ あんたはどれにするの?」 「ああ?前に言ったろーが 言葉は喋れても文字は読めねーんだよ」 「あ・・・そうだったわね あんまり流暢に喋るからすっかり忘れてたわえーと、まずこれが・・・」 ルイズはひょいと身体をギアッチョのほうに傾けると、メニューの文字を指差してギアッチョの顔を見上げながらあれこれ説明をする。 ギーシュはそんな二人をなんとはなしに見ていたが、ふと面白いことを考えて隣のキュルケを見た。 丁度同じことを考えていたらしい彼女と眼が合うと、二人して悪戯っぽくにやりと笑う。ルイズは未だにメニューの説明中で、 「うーん・・・あとはこれとか美味しいわよ 牛肉と卵を・・・」 などと言っている。ギーシュは「君!君!」と会話に強引に割り込むと、 「これこれ、凄くオススメなんだけどどうかな!はしばみ草のサラダなんだけど――」 輝かんばかりににこやかな顔でサラダを勧めた。 「ちょ、ちょっとギーシュ!あんたまだ懲りないの!?」 何かを察したルイズがそれを止めようとするが、いつの間に呼んだのかそばに来ていたウェイトレスに、既にキュルケが最高のコンビネーションで注文を終えていた。 ドン、とテーブルに料理が並ぶ。色とりどりのそれらの中に、はしばみ草のサラダはあった。 所狭しと置かれている料理に手もつけず、ギーシュとキュルケは何かに期待しているような眼でギアッチョを見ている。 同じく彼を見ているタバサの瞳にはうっすらと興味の色が伺える。 そして彼のご主人様は、何かを心配するような顔でギアッチョとギーシュ達を見比べていた。 ――・・・何なんだこいつら・・・ 四色四対の瞳が全て自分を注視しているのである。正直言って気持ち悪い。 理由は分からないが、とにかくこいつらは自分がこのはしばみ草のサラダとやらを食べることに期待しているらしい。 得体の知れない期待に一つ溜息をつくと、ギアッチョはサラダに手を伸ばした。 はしばみ草。それは地球にはない独特の苦味を持つ植物である。その名状しがたい苦味の為に、好んで食べる者は少ない。 以前ルイズの父が誤ってそれを食べ、ブフォッという音を立てて見事に口から吹き出したことがあった。 厳格な父の有り得ない姿とその後の怒りように、ルイズははしばみ草のことを強烈に覚えていた。 はしばみ草がギアッチョの口に合えばいいが、そうでなければギーシュとキュルケはこの食事が最後の晩餐になるかも知れない。 ルイズはそんなわけで彼らの命の心配をしているのだが、当の二人は悪戯心と復讐心で後のことなど一切考えていなかった。 そんな彼女達の心も知らず、ギアッチョはあっさりとはしばみ草をフォークで突き刺す。 彼は無表情のままそれを口に放り込み、そして無表情のまま咀嚼し、ついに無表情のまま嚥下した。 ――な・・・なんて男だ!顔色一つ変えないぞッ!? はしばみ草を胃に送り込んで尚表情を変えないギアッチョに、ギーシュとキュルケは眼を見開く。 タバサは少しだけ嬉しそうな顔を見せ、ルイズは胸をなでおろした。 ギアッチョは無表情のままスッとフォークを置き、静かに席を立つと、4メイルほど離れた場所にある部屋へ静かに入って行く。 トイレだった。 そのままギアッチョは一分経っても戻らず、二分が過ぎても戻らず――そこまできて、ギーシュとキュルケはようやく嫌な予感がし始めた。 「・・・ね、ねえキュルケ・・・ これってひょっとして凄くヤバいんじゃないかな・・・?」 「・・・わたしもそんな気がしてきたわ・・・・・・」 不気味に静まり返るトイレが、芽生え始めた彼らの恐怖を加速する。 「どっ、どどどどどうしよう!!」 キュルケはガタガタと震え始めるギーシュの襟首を掴んで、 「ええい逃げるわよッ!!」 一目散に外へ逃げようとする、が。 「えっ!?」 「なっ!?」 二人の足は、その場から一歩も動かすことが出来なかった。 「ぼッ、僕達の足がァァァ!!」 「こ・・・『氷で固定されている』ッ!!」 二人の足は容赦なく凍結されていた。そして炎の魔法でそれを溶かす間もなく、氷よりも冷たい双眸に灼熱の怒気を纏わせて、ギアッチョが姿を現した。 「・・・や、やあお帰りギアッチョ・・・ はしばみ草のお味は ど、どうだったかな?」 一縷の望みを掛けて、ギーシュは蒼白な顔に無理やり笑みを浮かべて尋ねる。 「ああ・・・実に美味かったぜ 意識が飛ぶほどな・・・」 そう言ってギアッチョはニヤリというよりはニタリと表現するべき笑みを返した。 はしばみ草のあまりの美味さに一瞬のうちに阿頼耶識を潜り普遍的無意識を越え銀の鍵の門を通ってオオス=ナルガイを旅し未知なるカダスに至ったギアッチョの意識が現実世界に戻ってまず思ったことは、「よし、こいつら殺す」ということだった。 その後の展開は語るまでもないだろう。 こうしてラ・ロシェールが誇る高級旅館『女神の杵』亭は、昼は変な男が宿前で暴れ、夜は二人分の悲鳴が轟き、深夜は氷付けになった男がベランダに放置される恐ろしい宿として数ヶ月の間その評判を落とすことになったのである。 「一つ、聞き忘れていたことがあった」 薄汚い酒場で、仮面の男は土くれのフーケと会話をしていた。 「・・・なんだい」 男に一瞥をくれてから、フーケは煩そうに髪をかきあげる。 「貴様を倒したのは、あの得体の知れない平民の使い魔だったな」 「それがどうしたんだい」 その質問に、フーケの顔はいよいよ不機嫌さを増す。 「奴の力を教えろ」 有無を言わさぬ口調で仮面の男が命令する。しかしフーケはどこ吹く風で嘲笑うと、 「嫌だね」 と一言そう言った。フーケは脱獄と引き換えに自分達への協力を約束させられている。 しかしその実、それは「従わなければ殺す」という約束とは名ばかりの脅迫であった。己の目的の為の道具として扱われることに、フーケは強い不快感を抱いている。 「貴様・・・死にたいのか?」 「フン、やれるもんならやってみるがいいさ あたしだって土くれのフーケと呼ばれた女・・・こんな姿でも、あんたを無事で済ませるつもりはないよ さて、それであんたはそうして消耗した状態で任務に挑むつもりかい?」 フーケはニヤリと笑った。仮面の男は決して失敗出来ない任務を負っている。 無駄な消耗など出来るはずがなかった。 「――くだらん知恵が働くようだな」 そう吐き捨てて、男は出口へと歩き出す。 「一つだけ教えてあげるわ」 その背中に、フーケは勝ち誇った笑みを浮かべて言葉を投げつける。 「あいつは『ガンダールヴ』よ」 「・・・何だと」 唐突に登場した「伝説の使い魔」を表す言葉に、仮面の男はフーケに振り返るが、しかし彼女はもはや何も言う気はないといった仕草で手を振る。男はそんなフーケを忌々しげにねめつけると、二度と振り向かずに歩き去った。
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木造の粗末なベッドに椅子とテーブルが一組、他に眼に付くものは壁に掛けられたタペストリーのみ。その質素な部屋が、アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーの居室であった。 部屋の主は椅子に腰掛けると、机の抽斗を開いた。そこにはたった一つ、宝石が散りばめられた小箱が入っている。先端に小さな鍵の付いたネックレスを首から外すと、彼はそれを小箱の鍵穴に差し込んだ。 開いた蓋の内側には、アンリエッタの肖像が描かれている。 ルイズとワルド、それにギアッチョがその箱を覗き込んでいることに気付いて、ウェールズははにかむように笑った。 「宝箱でね」 小箱の中に入っていた手紙を、ウェールズはそっと取り出す。それこそがアンリエッタの手紙であるらしかった。愛しそうに手紙に口づけた後、ウェールズは便箋を引き出してゆっくりと読み始める。 何度もそうやって読まれたらしいそれは、既にボロボロだった。 「これが姫から頂いた手紙だ」 ウェールズはゆっくりと手紙を読み返すと、ルイズにそれを手渡して 「確かに返却したよ」と言った。深く頭を下げて、ルイズは手紙を押し頂く。 「ありがとうございます、殿下」 「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号がここを出港する。 それに乗って、トリステインに帰るといい」 しかしウェールズから告げられた任務終了の言葉にも、ルイズは安堵の顔を見せない。それどころか、彼女の表情は悲しげにすら見える。 少しの間彼女はじっと手紙を見詰めていたが、やがて決心したように口を開いた。 「……あの、殿下 申し上げにくいのですが……その」 「言ってごらん」 「……王軍に勝ち目は、ないのでしょうか」 躊躇うように問うルイズに、ウェールズはあっさり答える。 「ああ、ないよ」 「我が軍は総勢三百、敵は五万だ 万に一つの可能性も有り得ないさ 我々に出来ることは、王家の誇りを最期の一瞬まで彼奴らに刻み込むこと――それだけだ」 幾分おどけたような口調でそう言うウェールズの眼に、しかし冗談の色は含まれていなかった。ルイズは俯いて口を開く。 「……殿下も、討ち死になさるおつもりなのですか?」 「当然さ 私は真っ先に死ぬつもりだよ」 愕然とした顔をするルイズの横で、ワルドはただ黙って眼を閉じている。 そしてギアッチョもまた、黙してウェールズを見つめていた。しかし眼鏡のレンズに阻まれて、彼の表情を読み取ることは出来ない。 「……殿下、失礼をお許しくださいませ 恐れながら、申し上げたいことが ございます」 「なんだね?」 「この、只今お預かりした手紙の内容 これは――」 「ルイズ」 ワルドがルイズの肩をそっと掴んでたしなめる。しかしルイズは、キッと顔を上げてウェールズを見つめた。 「わたくしがこの任務を仰せつかった折の姫様の御様子、尋常なものでは ございませんでした まるで……まるで恋人を案じるような…… それに先ほどの小箱に描かれた姫様の肖像画や、姫様のお話をなされる時の殿下の物憂げなお顔……もしや、姫様と殿下は――」 「恋仲であった、と言いたいのかな」 微笑むウェールズに、ルイズは頷いた。 「……とんだご無礼をお許しくださいませ しかし、そうであるならばこの 手紙の内容は……」 「……そう、恋文だよ ゲルマニアにこれが渡っては不味いというのは、つまりそういうことさ 何せ、彼女は始祖ブリミルの名において永久の愛を私に誓ってしまっているのだからね これが白日に晒されれば、無論ゲルマニアとの同盟は相成らぬ トリステインはただ一国にて、貴族派共と杖を交えねばならなくなるだろう」 「……殿下、僭越ながらお願い申し上げます どうか、我が国へ亡命なされませ!」 ルイズは今にも叫びだしそうな勢いで言うが、ウェールズは笑って取り合わない。 「それは出来ないよ」 「殿下、姫様のことを愛しておられるのならば、どうか、どうかお聞き入れ下さいませ!幼少のみぎり、わたくしは畏れ多くも姫様のお遊び相手を務めさせていただきました 姫様のご気性、わたくしはよく存じております!王宮の中にあって、姫様はとても純粋な方でございます 殿下の戦死を、あの方はきっと納得出来ませぬ。 先にお渡しした手紙にも、姫様は恐らくあなた様に亡命をお勧めになっているのでございましょう?いえ、わたくしには分かりますわ。亡命を受け入れず叛徒の手にかかって死んでしまわれたなどと、わたくしは一体どのような顔で姫様にお伝えすればよいのでしょうかそんなことを聞けば、姫様のお心はきっと張り裂けてしまいますわ! 殿下、お願いでございます!姫様の為に、どうか、どうか我が国へ!」 ルイズの心からの嘆願に、ウェールズは一瞬苦しげな顔を見せたが、しかしすぐに首を振ってそれを打ち消した。 「……本当に、君は彼女のことをよく知っているようだね そうさ、その通りだ。この手紙の末尾には私の亡命を勧める一文がしたためられている。……だが、私は亡命するわけにはいかない。絶対にだ」 「何故……!」 「私がトリステインへ亡命などすれば、叛徒共はそれを口実にすぐトリステインへ攻め込んで来るさ。奴ら――『レコンキスタ』の目的はハルケギニアの統一と『聖地』の奪還だそうだ まさか出来るなどとは思わないが。 それに私がここで逃げなどすれば、我がアルビオン王家の為に命を投げ打ってくれる三百人に一体どう詫びればいい? 我々はせめて最期の一瞬まで勇猛に戦って、ハルケギニアの王家は決して劣弱などではないことを知らしめなければならぬ それが、没する王家の最期の義務であり責任なのだ」 「……殿下……!」 「もうやめるんだルイズ 君の気持ちは殿下にも痛い程伝わっているさ だが殿下のお覚悟も理解しなければいけないよ」 そう言ってワルドはルイズの肩を抱く。彼女はそれでようやく諦めたようだった。悄然として俯くルイズの頭を優しげに撫でて、ウェールズは口を開く。 「君は正直な女の子だな、ラ・ヴァリエール嬢 正直で、まっすぐだ とてもいい眼をしている」 にこりと魅力的に微笑んで、ウェールズはルイズの眼を覗き込んだ。 「そのように正直では、大使は務まらないよ しっかりしなさい ……しかし、亡国への大使としては適任かも知れないな 明日に滅ぶ政府は、誰より正直だからね 名誉と矜持、これ以外に守るものなど何もないのだから」 そう言って、彼は己の顔を隠すように机の上に眼を落とした。そこには水の張られた盆が置かれている。水に浮かんでいる針は、微動だにせず一点を指していた。どうやら、これが時計であるらしい。 「……そろそろパーティーの時間だな。君達は我が王国最後の客人だ。是非とも出席していただきたい」 やがて上げられた彼の顔に、物憂げな様子は見られなかった。 ルイズはそれに応えるように、出来る限りの笑顔を作って一礼する。 「……ありがとうございます 喜んで出席させていただきますわ」 「光栄至極に存じます」 同じく一礼すると、ワルドは先頭に立って部屋を退出した。後に続こうとして、ルイズはギアッチョに顔を向ける。 「ほら、ギアッチョ行くわよ」 「先に行ってろ オレはまだ用がある」 「……は?ちょっ、何言ってるのよ!」 ルイズは焦ったような声を上げる。ギアッチョを一人にすれば一体どんな事態になるか解らない。しかしウェールズは微笑んでルイズを制した。 「私は構わないよ ラ・ヴァリエール嬢、先に行っていなさい」 ルイズは困ったように二人を見比べていたが、ギアッチョの眼に退かない光を感じて、諦めたように首を振った。 「変なことしたら許さないんだからね!」と何度も怒鳴るように念押しして、それでもどこか心配そうな顔をしながらルイズは退出した。 ぱたんと扉が閉まるのを確認して、ギアッチョはウェールズに視線を移す。何を言うでもなく、頭をがしがしと掻いてギアッチョはただウェールズを見つめて――否、観察している。 ウェールズもまた、ギアッチョを眺めて彼の言葉を待ったが、ギアッチョはなかなか用件を言い出そうとしない。少し困ったような顔をして、ウェールズはギアッチョに話しかけた。 「……人の使い魔とは珍しい トリステインとは変わった国であるようだね」 「…………トリステインでも珍しいらしいがな」 ギアッチョのぶっきらぼうな口調にウェールズは驚いたような顔になるが、それも一瞬のことだった。すぐにいつもの顔に戻ると、ウェールズはギアッチョに問い掛ける。 「……それで、私に一体何の用かな?子爵と同じ用件だとは思えないが」 それを聞いて、ギアッチョはずいとウェールズの前に進み出た。 ウェールズの蒼い瞳を覗き込むと、彼はようやく話を始めた。 「最初に言っとくが……オレは遥か彼方の世界から来た トリステインやアルビオンの礼儀作法なんざ知らねーし、迂遠な会話で曖昧に濁すつもりもねえ。答えてもらうぜウェールズ・テューダー はっきりとよォォ」 鬼のような眼差しでウェールズを睨んで、ギアッチョは続ける。 「てめーは何の為に死ぬ?聞けば敵は五万だそうじゃあねーか こんなもんは戦争じゃあねえ 一方的な虐殺だろうが」 ギアッチョの言葉に、ウェールズの顔はもう驚愕も不快も表さなかった。 「確かにその通りだ 恐らくは――いや、明日は確実にそうなることだろうね 何の為にか……理由は一つではないが、先ほども言った通り我々は最後まで戦って王家の誇りを示さねばならぬ 奴らの目的が現実のものとなってしまわぬようにだ」 ウェールズはうろたえることなく言い放った。 ウェールズの言葉を、ギアッチョはハッと鼻で笑い飛ばす。 「馬鹿も休み休み言えよ王子様。てめーは使命感に酔ってるだけだ。 誇りを示す?てめーらが総員討ち死にしたところで何も変わりゃあしねーぜ。 それとも何か?この世界にゃあ五万に三百で立ち向かって玉砕した人間を『間抜け』と思わない奴らが山ほど居るってわけか?」 「ああ、それも確かに君の言う通りかも知れないさ。だが我らの意志を誰か一人でも受け継いでくれる可能性があるのならば、私達はどうしてそれに賭けずにいられようか! 遥か異郷から来たという君には分からないかもしれないが、奴ら貴族派――『レコンキスタ』が本当に『聖地』奪還などに動き出せば、数限りない死者が出る。 それを阻止する為には、我々王家は決して奴らに屈してはならないんだ」 ウェールズの毅然とした反論を聞いて、ギアッチョは苛だった顔を見せる。 「……下らねぇな それなら他にいくらでもやりようはあるだろうが。てめーらは自分の国が裏切り者に渡るのを見ずに死にてーだけじゃあねーのか?ええ?オイ。 戦争って名を借りて自殺するってェわけだ。自尊心も満たせりゃ誇りも示せるからなァァァ」 「それは違うッ!!」 ウェールズはついに怒鳴った。握り締めた拳はぶるぶると震えている。 「我々の覚悟を侮辱しないでもらおう!我々はただ死ぬ為に死ぬのではない……死にに行くのでもない!希望を明日へと繋ぐ為に、『戦いに』行くのだ!!」 ドガンッ!! 「ぐッ……!」 壁を殴るような音が、部屋中に響き渡った。ウェールズは首根っこを掴まれて、他ならぬギアッチョの手によって壁に叩きつけられていた。 ウェールズを壁に押し付けたまま、ギアッチョは静かに口を開く。 「そんなに死にてーならよォォォーー 今ここで死ね」 ビキビキと音を立てて、ウェールズの首が凍り始める。ウェールズは驚愕に眼を見開いて呻いた。 「……な……んだ……これは…………!」 「動くんじゃあねーぜ王子様 そうすりゃあ楽に死ねるからよォォー」 「ッ……君は……何者なんだ……」 肺腑から細く息を吐き出すウェールズを死神も震え上がらんばかりの凶眼で見つめて、ギアッチョはつまらなさそうに口を開く。 「さてな……魔人だと言ったらてめーは信じるか?」 「何……?」 「だがオレは慈悲深い てめーを送った後はお仲間もしっかりそっちに届けてやるぜ この城を丸ごと氷の棺にでもしてな……」 それを聞いた途端、ウェールズの右手が跳ねるように動いた。一瞬で懐から杖を引き抜くと、素早く呪文を唱えてギアッチョに空気の塊を打ち放った。 「チッ……!」 今度はギアッチョが壁に叩きつけられる番だった。ギアッチョを引き離したことを確認して、ウェールズはぜいぜいと肩で息をしながらも油断なく杖を構える。 「ふざけるな……!私達は何としてでも明日まで生き延びるッ! それを阻むと言うのであれば、ギアッチョ!例えラ・ヴァリエール嬢の使い魔であろうと私は君を容赦しない!」 言うが早いかウェールズは立て続けに呪文を詠唱する。ギアッチョが弾かれたようにウェールズへ走り出すのと、ウェールズの呪文が完成するのは同時だった。ウェールズの杖から突如巻き起こった烈風は三枚の不可視の刃となってギアッチョに襲い掛かるが、 「ホワイト・アルバム!」 ギアッチョを切断するかと思われた瞬間、三つの刃は小さな銀の粉塵と化して砕け消えた。 「なッ――!?」 驚愕の声を上げるウェールズに、ギアッチョは寸毫待たず肉薄する。 ギアッチョはそのまま左の裏拳でウェールズの杖を殴り飛ばす。同時に右手でウェールズの頭を容赦なく掴むと、 ドグシャアァアッ!! 思いっきり床に叩きつけた。 「が……ッ!!」 「終わりだ」 機械的にギアッチョはそう宣告するが、 「うぉぉおおぉおッ!!」 ウェールズは諦めなかった。両の拳でもがきながらギアッチョに殴りかかり、何とか彼から逃れようとする。しかし所詮はメイジの細腕、百戦錬磨のギアッチョに敵う道理などあろうはずもなかった。 「……ぐッ……くそッ……!離れろッ……!!」 片手で拳を捌かれ続けても、彼は諦めない。荒い呼吸を繰り返しながらも攻撃を止めないウェールズを感情の読めない眼で見遣って、ギアッチョはパッと、攻撃を防いでいた左手を上げた。 バギャアア!! 「……ッ」 「なッ!?」 ギアッチョはウェールズの拳をモロに顔面で喰らい――否、受け止めた。いくら疲弊したメイジの拳とはいえ、思いっきり顔に受ければかなりのダメージがあるはずだった。しかしギアッチョは痛がる素振り一つ見せずにウェールズを睨む。次いで頭を掴んでいた右手を離すと、彼は両手を上げて立ち上がった。 「……やれやれ、悪かったな王子様よォォ オレの負けだ」 「……何だって……?」 ウェールズは魂が抜け落ちたような顔で言う。彼を引き起こしながら、ギアッチョはがしがしと頭を掻いた。 「とっとと諦めるか……さもなきゃあ命乞いでもするかと思ったんだがな。 てめーの『覚悟』は本物だったらしい 疑って悪かった……っつーところだ」 「……演技だったってわけかい……」 ウェールズははぁと溜息をついて椅子に滑り落ちた。 「そういうわけだ オレは慈悲深くも何ともねーからな。そんなに死にてーなら好き放題に死ね」 その言葉にウェールズはぽかんとしていたが、やがて堰を切ったように笑い出した。 「あっははははははは!そんな言葉を言われて安心したのは生まれて初めてだよ! 全くラ・ヴァリエール嬢は珍しい使い魔を召喚したものだ!」 おかしくてたまらないという風に笑い転げるウェールズに背を向けて、ギアッチョは扉へと歩き出す。 「話はこれだけだ ……あの姫さんにゃあオレからよろしく言っといて やるぜ」 そう言って扉に手を掛けたギアッチョに、後ろから「待ちたまえ」という声が掛かる。肩越しに振り向くと、笑いを収めたウェールズがギアッチョを見つめていた。 「……ならば私からも、一つ質問させてもらおう」 「……何だ」 「外つ国の住人である君は、何故私にこんなことをする?君が我らを気にかける理由がどこにあるのか、差し支えなければ教えて欲しいのだが」 ギアッチョは何も答えず扉に顔を戻す。その格好のまま、数瞬の沈黙を越えて彼は口を開いた。 「『覚悟』のねー野郎がさも世を悟り切ったかのような顔で生きてやがるのが気に食わねーからだ」 ウェールズは何も言わずにギアッチョを見つめ続ける。 まるでそんな答えには納得しないと言うかのように。 部屋を再び沈黙が包み――観念したのか、ギアッチョは溜息をついて頭を掻いた。 「…………と、思ってたんだがな……」 感化されたのかもしれねーな、と彼は独白するように言う。 「……感化?あの優しい少女にかい?」 「…………そうかもな あの真っ直ぐ過ぎるクソガキ――いや、クソガキ共か…… 全くオレもヤキが回ったもんだ」 不満げに舌打ちするギアッチョの後姿を眺めて、ウェールズは微笑む。彼は落ち着き払った仕草ですっと立ち上がると、顔を背けたままのギアッチョに近づいた。 「……私は君という人間をよく知らない ましてや、昔の君のことなど全く分からない……しかし言わせて欲しい」 ウェールズにとって、ギアッチョは彼の「覚悟」を今、恐らく最も曇りなく理解している人間だった。 ウェールズは微笑んだまま、太陽のような、しかしその中に峻厳たる誠実さを含んだ口調で言った。 「……今の君に、ありがとうと」 ギアッチョはフンと鼻を鳴らすと、乱暴に扉を開けながら返す。 「とんだお人よしだな……てめーはよ」 その言葉と共に、ギアッチョは廊下へ歩き去った。 前へ 戻る 次へ
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峡谷の山道に作られた小さな港町、ラ・ロシェール。その酒場は今、内戦状態のアルビオンから帰って来た傭兵達で溢れ返っていた。 「がっははははは!アルビオンの王さまももうおしまいだな!」 「いやはや・・・『共和制』ってヤツが始まる世界なのかも知れないな」 「そんじゃあ『共和制』に乾杯だ!」 そう言って野卑な声で笑う彼らが組していたのは、アルビオンの王党派だった。 雇い主の敗北が決定的になった瞬間、彼らは王党派に見切りをつけてあっさり逃げ帰ってきた。別段恥じる行為ではない。金の為に傭兵をやっているのだから、敗軍に付き合って全滅するほど馬鹿らしいことはないということである。 ひとしきり乾杯が終わった時、軋んだ音を立ててはね扉が開いた。フードを目深に被った女が車輪のついた椅子に座っており、白い仮面で顔を隠した貴族の男がそれを押しながら入ってくる。 真円に可能な限り近づけようと苦心した跡が見てとれるその車輪はしかし急ごしらえの為に満足な丸さを持てず、回転する度に耳障りな音を立てて車体を揺らした。女はローブに隠れる己の足を見下ろし、忌々しげに舌打ちする。 「不便ったらありゃしないね・・・この車椅子とやらは」 「そう言うな、お前の為に急いで作らせたものなのだからな」 仮面の男はそう言って車椅子を止めると、珍しいものを見て固まっている傭兵達に向き直った。 「貴様ら、傭兵だな」 その言葉と同時に、返事も確認せずに金貨の詰まった袋をドンとテーブルに置く。 「先ほどの会話からすると、貴様らは王党派に組していたようだが?」 あっけに取られていた傭兵達は、その一言で我に返った。 「・・・先月まではね」 「でも、負けるようなやつぁ主人じゃねえや」 そう言って傭兵達はげらげらと笑う。口を半月に歪めて、仮面の男も笑った。 「金は言い値を払う だが俺は甘っちょろい王さまじゃない・・・逃げたら、殺す」 「ワルド・・・ちょっとペースが速くない?」 抱かれるような格好でワルドの前に跨るルイズが言う。ワルドがそうしてくれと言ったせいもあって、雑談を交わすうちにルイズの口調は昔の丁寧な言い方から今の口調に変わっていた。 「ギアッチョは疲れてるわ 馬に乗り慣れていないの」 その言葉にワルドは後方を見遣る。血走った眼で馬を駆るギアッチョの身体からは漆黒の怒気が漂っていた。今にも馬を絞め殺さんばかりの勢いである。 「・・・何やら怒っているようにしか見えないが」 「疲れた結果よ!あいつは怒りやすいんだから」 ふむ、と言ってワルドはその立派な口髭を片手でいじる。 「ラ・ロシェールの港町まで止まらずに行くつもりだったんだが・・・」 「何言ってるの、普通は馬で二日はかかる距離なのよ」 「へばったら置いていけばいいさ」 当然のように言うワルドに、「ダメよ!」とルイズが反論する。 「どうして?」 「使い魔を置いていくなんてメイジのすることじゃないわ それにギアッチョは凄く強いんだから!」 ワルドはそれを聞いてふっと笑う。 「やけに彼の肩を持つね・・・ひょっとして君の恋人なのかい?」 「なっ・・・!」 その言葉にルイズの顔が真っ赤に染まり、 「そそ、そんなわけないじゃない!ああもう、姫さまもあなたもどうしてそんなことを言うのかしら」 なんだか顔を見られるのが恥ずかしくなって、ルイズは綺麗な髪を揺らして俯いた。 「そうか、ならよかった 婚約者に恋人がいるなんて聞いたらショックで死んでしまうからね」 そう言いながらも、ワルドの顔は笑っている。 「こ、婚約なんて親が決めたことじゃない」 「おや?ルイズ、僕の小さなルイズ!君は僕のことが嫌いになったのかい?」 昔と同じおどけた口調でそういうワルドに、「もう小さくないもの」とルイズは頬をふくらませた。 「・・・ところで、彼はそんなに強いのかな?」 「勿論よ 私の自慢の使い魔なんだから! 詳しくは話せないけど・・・」 ワルドの質問に自慢げにそう答えるルイズを見て、ワルドは何かを考える顔をした。 疲労と怒りをこらえながら、ギアッチョは馬を駆る。朝からもう二回も馬を交換していた。 さっきからルイズが何回か心配そうにこちらを見ていたが、ギアッチョは休憩させてくれなどと言うつもりは微塵もない。 そんな情けないことはギアッチョのプライドが受け入れなかった。十四歳――とギアッチョは思っている――の子供にこんなことで心配されたという事実がその意地を更に強固にしている。 ――ナメんじゃねーぞヒゲ野郎・・・ついて行ってやろうじゃあねーか ええ?オイ 口から呼気と共に殺気を吐き出しながら、ギアッチョはそう呟いた。 このまま放っておけば自分に累が及びそうだったので、デルフリンガーは彼の怒りを逸らすべく口を開く。 「あ、あのですねーダンナ・・・」 「ああ!?」 「ヒィィすいません!」 熊も射殺さんばかりのギアッチョの眼光にデルフリンガーは一瞬で押し黙ったが、気持ち悪いから途中で止めるなというギアッチョのもっともな発言を受けて恐る恐る話題を再開した。 「い、いやー・・・ルイズの婚約者らしいッスねぇあのヒゲ男」 「そうだな」 「そ、そうだなって・・・なんかないんスか?結婚ですよ結婚」 ギアッチョの意識をなんとか婚姻の話題に持って行こうとしたデルフだったが、彼の「ああ?」という一言で全てを諦めた。 何度も馬を変えて昼夜を問わず飛ばし、ギアッチョ達はその日のうちに――といっても夜中だが――なんとかラ・ロシェールの入り口まで辿り着いた。 「・・・なんだァァ?ここのどこが港町なんだオイ?」 ギアッチョは周りを見渡して言う。四方八方を岩に囲まれた、まごうこと無き山道であった。 月明かりに照らされて、先のほうに岩を穿って作られた建物が立ち並んでいるのが見える。まだ走らせる気かと、いい加減ギアッチョの怒りが限界に達しつつあった。 「ああ、ダンナはしらねーのか アルビオンってのは」 と喋る魔剣が口を開いた瞬間、崖の上から彼ら目掛けて燃え盛る松明が次々と投げ込まれ、 「うおおッ!」 戦闘の訓練をされていないギアッチョの馬は、驚きの余り暴れ狂ってギアッチョを振り落とした。 よく耐えたと言うべきか。一昼夜を休み無く走らされた挙句に馬上から振り落とされて、ギアッチョの怒りは頂点に達した。 デルフリンガーを引っつかんで鞘から乱暴に抜き出し、崖上に姿を現した男達を猛禽のような眼で睨んで怒鳴る。 「一人残らず凍結して左から順にブチ割ってやるッ!!!ホワイト・アルバ――」 しかし彼の咆哮は予想だにしない咆哮からの攻撃で中断され、彼の口からは代わりにもがッ!!というくぐもった声が響いた。 「どういうつもりだクソガキッ!!」 己の口に押し当てられた手を引き剥がしてギアッチョが怒鳴る。ギアッチョに飛びついて彼の攻撃を中断させたのは、他でもない彼のご主人様であった。 「それはこっちのセリフよ!」 ギアッチョに負けじとルイズが怒鳴る。 「見たとこ夜盗か山賊の類じゃない!こんなところで堂々とスタンドをお披露目してどうするのよッ!」 「ンなこたぁもうどうでもいいんだよッ!!離れてろチビ!!一人残らずブッ殺してやらねーと気が済まねぇッ!!」 ブッ殺したなら使ってもいいッ!とペッシに説教しているプロシュートの姿が浮かんだが、ギアッチョはいっそ爽やかなほど自然にそれをスルーした。 「だっ、誰がチビよこのバカ眼鏡!あと1年もしたらもっともっと大きくなるんだから!」 どこが?と言いたかったデルフリンガーだったが、二人の剣幕に巻き込まれると五体満足では済みそうになかったので黙っておくことにする。 「とにかく!」とルイズは小声になって怒鳴る。 「ワルドはわたしの婚約者だけど、同時に王宮に仕えてるってことを忘れないでよ! そんなことしないとは思うけど・・・万が一王宮にあんたのスタンドのことがバレたらどうなるか分かったもんじゃないんだから!」 「そうなってもよォォォ~~~~ 全員凍らせて逃げりゃあいいだろうが!!キュルケだのタバサの国によォォォォ!とにかく邪魔するんじゃあねえ!!そこをどけッ!!」 「何無茶苦茶言ってるのよ!あんたの責任は私にも及んでくるんだからね!! 勝手な行動は許さないんだから!!」 再び大音量で怒鳴る二人を不思議そうな眼で眺めながら、ワルドは小型の竜巻で飛んでくる矢を弾き逸らす。そうしておいて、ワルドは攻撃の為の詠唱を始めた。 このままではワルドに全部持っていかれてしまうと気付き、ギアッチョはちょっとルイズを眠らせてしまおうかと考えたが―― ばさりというどこか覚えのある羽音が聞こえ、ギアッチョ達は上を見上げた。 直後男達の悲鳴が聞こえ、それと同時に彼らは次々に崖下に転落する。 「あれ・・・シルフィード!?」 ルイズ達の驚きにきゅいきゅいという声で答え、シルフィードとその上に乗った三人――キュルケとタバサ、それにギーシュが降りてきた。
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「ちょっと、どこ行くのよ」 ゴーレムの肩から飛び降りようとする仮面の男に、土くれのフーケは非難めいた 口調で問いかける。 「ヴァリエールの娘を追う」 「わたしはどうするのよ」 「貴様は時間を稼げ 船が出港したならば後は好きにしろ」 合流は例の酒場で、と最後に言い残して男は宵闇に消えた。 男の去った方向を忌々しげにねめつけて、フーケはチッと舌打ちする。 「勝手な男だね全く・・・ま、これであいつともおさらば出来るわけだけど」 一方酒場では、降り注ぐ矢の雨にその身を晒しながらギーシュのワルキューレが 厨房へと走っていた。次々と突き刺さる鏃に身体をよろめかせながらも、どうにか 目的地へと辿り着く。 「本当にそう上手くいくかなぁ」 とぼやきつつも、ギーシュはキュルケの指示を遂行する。ワルキューレを操って 油の張られた鍋を乱暴に掴ませ、入り口に向かってそれを投げさせた。 「弱気になってちゃ、出来るものも出来なくなるわよッ!」 語尾に気合を込めてそう言うと、キュルケは素早く立ち上がって入り口に ぶちまけられた油に点火する。こんな時でも余裕を忘れない表情でキュルケが 再び杖を振ると、威勢のいい音を立てて炎が燃え上がり、今まさに中に踏み込もうと していた傭兵の一隊に容赦なく襲い掛かった。ごうごうと唸りを上げて燃え盛る 火炎に巻かれて一も二もなく逃げ出す彼らに、キュルケは追撃の手を休めることなく 杖を掲げて呪文を唱え続ける。敵に身を晒す彼女に罵声と共に無数の矢が射掛け られるが、とっくに読んでいたと言わんばかりにタバサが風で弾き飛ばし、その風を 使ってそのまま敵陣に炎を運び込む。怒涛の如く攻め立てる猛火に隊としての 統率もなくして逃げ回る彼らを満足げに眺めて、キュルケは優雅に一礼した。 「名もなき傭兵の皆様方 こんなにたくさんの鏃、わたくしとっても感激しましたわ お礼と言ってはなんですけれども、この『微熱』のキュルケ、精一杯お相手させて いただきますわ」 意思を持つかのように自由自在に襲い掛かる炎に、魔法の使えない傭兵達は 弓矢を放り出してなすすべもなく逃げ出した。どこからか調達した水をかぶって 突撃を敢行した一団もあったが、それもタバサのエア・ハンマーで丁重に追い 返されていた。そんな様子を俯瞰して、フーケは呆れたように首を振る。全く 使えない奴らだと思ったが、目的は足止めなので傍観を決め込むことにした。 そしてそのまま二分が経ち三分が経ち――五分が過ぎる頃には、殆ど全ての 傭兵が散り散りに逃げ出していた。 フーケはちらりと桟橋の方向に眼を遣る。船はまだ出港してはいないようだった。 「やれやれ・・・命を助けられた恩だけは返さないとね」 土くれのフーケは一つ嘆息してそう言った。 「十秒以内に出てきな!宿ごと潰されたくないならね」 聞き覚えのある声が上から降ってくる。ギーシュは不安げな顔で二人を見た。 「ど、どうする?」 「どうするって・・・出るしかないでしょ」 キュルケの言にタバサが頷いて同意の意を示す。フーケの秒読みが聞こえる 中素早く二言三言言葉をかわし、彼女達は入り口目掛けて一気に走り出した。 飛び出して来たキュルケ達を見てフーケは口を開いたが、その口から言葉が 出る前に彼女目掛けて逆巻く風に乗せて炎と石塊が撃ち出された。 「なッ!?」 いきなりの攻撃に面食らいつつも、フーケは自身にそれらが着弾する前に なんとかゴーレムの手を割り込ませる。 「このッ・・・ものには順序ってもんがあるでしょうが!」 怒りを露にして再び地面を睨むが、 「・・・!?」 彼女の視界には誰一人として映らなかった。 左下からゴォッという音が聞こえ、眼前の光景に驚きながらもフーケは 反射的にゴーレムの掌をその方向に向ける。当てずっぽうな動きでは あったが、そうして突き出された手は見事にキュルケの火球を受け止めた。 しかし一瞬遅れてキュルケを見たフーケは、またも目を疑った。その場に居た のはキュルケ一人――ギーシュとタバサはどこにも見当たらなかったのだ。 ――まさか!? フーケはゴーレムごと半壊した宿屋を向いていた身体を捻る。肩越しに見た 後方では、フーケに無防備に背を向けてタバサが疾走していた。タバサの 行く手からは、彼女の使い魔シルフィードが翼を羽ばたかせて猛然と 接近している。 「あの風竜で船まで逃げようってわけかい!そうはさせないよッ!」 フーケのゴーレムは乱暴に宿屋から崩落した岩塊を掴む。 ドシュゥゥゥッ!! その手から投げられた岩石は風を切り裂いてシルフィードに迫り、 「きゅい!?」 面食らった風竜は岩の弾丸を避けたまま、螺旋を描いて上空高く逃げて しまった。フーケはニヤリと笑うと、杖を振りながらタバサを見下ろす。 「ツメが甘いのよおチビちゃん!」 フーケの言葉に呼応するかのように、ゴーレムの足元からは四体の 甲冑の騎士が生まれ出す。武器を持たないその騎士達は、二体がタバサ、 二体がキュルケに徒手空拳で躍りかかった。二人はそれぞれ風と炎で 応戦するが、トライアングルの中でも上級に位置するフーケの錬金は そうたやすく破れるものではない。逃げ回りながら奮戦するタバサ達だが、 後ものの数十秒でフーケの騎士が彼女達を捕らえるであろうことは火を 見るより明らかだった。 大ゴーレムに続く騎士達の練成でかなりの精神力を消耗し、フーケは 若干荒い息を吐きながら笑う。 「諦めなさいな チェックメイトよお嬢様方」 「僕を忘れてないかい?ミス・ロングビル」 突如聞こえたその声にしまった!と心で叫ぶがもう遅い。フーケが声の する方へ振り返るのと、ギーシュのワルキューレが半壊状態のベランダ から跳躍したのはほぼ同時だった。フーケが呪文を唱える間もなく、 拳を振りかぶったワルキューレはその射程に彼女を捉えていた。 「女性に手を上げたくはなかったんだが、僕の友達の為なんだ 許してくれたまえ」 余裕ぶった口調と裏腹に、冷や汗をダラダラ流す顔を笑みの形に歪めて ギーシュが言う。その言葉にフーケが痛みを覚悟する前に、ワルキューレの 拳がフーケに容赦なく炸裂した。 「うぐッ・・・!!」 脇腹を強かに殴り抜かれて、フーケはゴーレムの肩から吹っ飛ばされた。 ――・・・ッ!中々のコンビネーションだわね・・・でも甘いわッ! 頭から宙に放り出されても、フーケは闘志を失くしていない。己の右手に杖が あることを確認し、冷静な心でレビテーションを―― 「きゃああっ!?」 いつの間にか接近していたシルフィードに腹をがっちりくわえられ、フーケは 思わず杖を取り落としてしまった。 「かかか、勝ったのかい僕達は!?」 「うるさいわよギーシュ ほら、よく見なさい」 キュルケとタバサに駆け寄って、興奮と不安の入り混じった口調で落ち着きなく 問い掛けるギーシュを軽くたしなめて、キュルケは楽しそうに宣言した。 「勝利よ わたし達のね」 杖を折られて、フーケは地面に横たわっていた。腰に両手を当てた格好で キュルケが正面から彼女を見下ろしている。緊張が解けたのかその場にへたり 込んでいるギーシュの横には、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴くシルフィードの 頭を撫でて労うタバサがいた。 「シルフィードに岩を投げられた時は肝を冷やしたわ」 そう言ってキュルケは肩をすくめる。作戦が失敗したら、即座にシルフィードで 逃げるつもりだったのだ。シルフィード自体には当たらなかったが、あの投石は それでも十分すぎる効果を発揮した。もしギーシュの不意打ちが失敗していれば、 シルフィードが戻ってくるより早くキュルケとタバサはやられていただろう。 勝利を喜びながらも、彼女達は己の甘さを思い知った。 「さて、牢獄に叩き込まれる前に何か言っておくことはあるかしら?ミス・ロングビル」 一応杖を握ったまま、キュルケはフーケに尋ねる。フーケは勝者の余裕を見せる キュルケをキッと睨み―― 「お願い!見逃して頂戴!」 がばっと頭を下げた。予想だにしないフーケの行動に、キュルケは目を白黒させる。 「は、はぁ?何言ってるのよあなた」 「まだ売り払ってない盗品を全部あげてもいいわ!だからお願い!」 プライドも捨て去って殆ど倒れ込むような形で土下座するフーケを、キュルケは 信じられないといった顔で見下ろす。 「あなた、自分がしたこと忘れたわけ?わたし達を殺そうとしておいてよくもまぁ そんなことが言えたものね」 「そのことは謝るわ!本当よ!あの男・・・ギアッチョに殺されかけて、そして 地下の牢獄で死刑を待つ身になってわたしはようやく命の大切さを思い出したわ あんた達と同じ、わたしにも守るべき人がいる・・・ その子達の為にわたしは 死ぬわけにはいかないのよ」 フーケは必死の面相で訴えるが、キュルケは呆れたように首を振る。 「いい加減になさい 今時そんな嘘を一体誰が信じるって言うのよ」 「嘘じゃないわ!その証拠にさっきあんた達が宿から出て来るまで待ってた じゃない!やろうと思えば宿屋ごと踏み潰すことも出来たのよ!」 ギーシュは見ていられないという顔で、タバサはいつも通りの無表情でフーケを 見つめている。乱れた服の裾を直そうともせず、フーケは思わず同情して しまうほど哀れに助けを乞うている。キュルケもちょっと困った顔を見せたが、 破壊の杖の一件を考えるとフーケに同情の余地はない。 「・・・悪いけど、あれだけ躊躇なく人を殺そうとしてくれた後でそんなことを 言われても全く信じられないわ みっともない命乞いはやめなさいよ」 その言葉に、フーケは弾かれたように起き上がった。 「ッ!?」 「どれほど惨めだろうがみっともなかろうが・・・あの子達の為に私は生きなきゃ ならないのよッ!」 上半身を起こして、フーケは懐から何かを抜き放つ。双月を反射して鈍色に光る それは、およそメイジには縁のないもの――ナイフだった。 基本的に、メイジは剣を持たない。杖を差し置いて剣を持つなどということは、 杖で生きる彼らにとっては恥ずべきことであった。にも拘らずフーケは懐に ナイフを忍ばせ、迷うことなく引き抜いたのである。それに気付いてキュルケ達が 驚いた瞬間、フーケはシルフィードに飛び掛った。シルフィードに乗って何とか 逃げ切ろうとするフーケの賭けは、しかしタバサのウインド・ブレイクによって あっさり挫かれる。叩きつけられた風で彼女のナイフは後方へ弾かれ、彼女 自身もまた風を受けて仰向けに倒れこんだ。 「あぅッ!」 「・・・本当に、何としても逃げ出すつもりってわけね」 キュルケは一つ溜息をつくと、努めて感情を殺した顔でフーケを見る。 「だけどダメよ 今更あなたは信じられないわ」 「ほら、行くわよ!」 町の衛士に突き出そうと、キュルケはフーケの腕を取る。 「ま、待ってくれたまえ!」 しかしフーケを引っ張り起こそうととする直前、ギーシュがキュルケを呼び止めた。 「何よギーシュ、信じるって言うの?」 綺麗な顔に困惑の色を浮かべて彼女はギーシュを見る。ギーシュはまだ迷って いるようだったが、意を決して口を開いた。 「ぼ・・・僕はフーケを信じるべきだと思う 勿論彼女の行動が肯定出来る わけじゃないが、彼女の言っていることは僕にはよく分かるんだ」 その言葉に、フーケが驚いた顔でギーシュを見る。 「命を失うような目に遭えば、多かれ少なかれ人は変わる・・・僕もそうだった 散々馬鹿にされた挙句に自分の魔法で殺されかけて、僕はようやくルイズの 受けていた屈辱が理解出来た きっとフーケも同じなんだと思う 眼前に己の死を突きつけられて、彼女はやっと死の恐怖が理解出来たんだ そして、己の死によって彼女の言う守るべき人達が一体どうなるのか・・・ それすらも、彼女はそこで初めて理解したんだと僕は思う」 ギーシュは真剣な眼でフーケを見据える。 「・・・ギーシュ」 キュルケは何か言おうとしたが、この上なく真面目な彼の眼を見て黙り込んだ。 キュルケに申し訳なさそうな顔を向けて一言「ありがとう」と言って、ギーシュは フーケの前にしゃがみこんだ。 「フーケ・・・いや、ミス・ロングビル 僕にはあなたにメイジとしての誇りが あるかは分からない ・・・だから、あなたが守るべき人達にかけて誓って欲しい これからはその人達の為だけに生きると」 その言葉に、フーケは肩を震わせて俯く。その口から小さく、しかしはっきりと こぼれた「誓います」という一言に、ギーシュは満足げに頷いて立ち上がった。 「すまないキュルケ・・・でもきっと大丈夫だよ 僕には分かるんだ」 自信に溢れる笑みでそう言うギーシュに、キュルケは溜息をついて笑う。 「全く・・・あなたって、本当にバカよね」
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馬に乗ること3時間、ルイズとギアッチョはトリステインの城下町に到着した。ここ ハルケギニアに召喚されてから初めて見る学院外の景色だったが、ギアッチョは 今それどころではなかった。生まれて初めて乗馬を経験した彼は腰が痛くて仕方が なかったのだ。 「そっちの世界に馬はいないの?」 ルイズが不思議そうに尋ねる。 「いねーこたねーが・・・都市部で馬を乗り物にしてたのは遥か昔の話だ」 ギアッチョが腰を揉みほぐしながら答えるが、ルイズはますます不思議な顔を するだけだった。 「まぁ覚えてりゃあそのうち話してやる それよりよォォ~~ 剣ってなどこに 売ってんだ?」 「ちょっと待って・・・ええと こっちだわ」 ルイズが地図を片手に先導し、ようやく周囲に眼を向ける余裕が出てきたギアッチョは その後ろを観光気分でついて行く。何しろ見れば見るほどメルヘンやファンタジー以外の 何物でもない世界である。幅の狭い石敷きの道や路傍で物を声を張り上げて売る商人達、そして彼らの服装などはまるで中世にワープしたかのようだ。しかし中世欧州と似て 非なるその建築様式が、ここがヨーロッパではないことを物語っていた。 「魔法といい使い魔といい、メローネあたりは大喜びしそうだな」などと考えたところで、 ギアッチョは自分が既にこの世界に馴染んでしまっていることに気付いた。 リゾットはどうしているのだろう。見事ボスを倒し、自分達の仇を取ってくれたのだろうか。 それとも――考えたくないことだが、先に散った仲間達の元へ行ってしまったのだろうか。 このハルケギニアと同じように時間が流れているのならば、きっともうどちらかの結果が 出ているだろう。 ホルマジオからギアッチョに至る犠牲で、彼らが得る事の出来たボスの情報はほぼ 皆無だった。いくらリゾットでも、そんな状態でボスを見つけ出して殺せるものだろうか。 相当分の悪い賭けであることを、ギアッチョは認めざるを得なかった。 ――どの道・・・ ギアッチョは考える。どの道、もう結果は出ているのだ。自分はそれを知らされていない だけ・・・。 「クソッ!!」 眼に映るものを手当たり次第ブチ壊してやりたい気分だった。当面はイタリアに戻る 方法が見つからない以上、こんなことは考えるべきではなかったのだろう。だがもう遅い。 一度考えてしまえば、その思考を抹消することなどなかなか出来はしない。特に―― 激情に火が点いてしまった場合は。 ――結末も知らされないままによォォーーー・・・ どうしてオレだけがこんな異世界で のうのうと生き長らえているってんだッ!ああ!?どうしてだ!!どうしてオレは生きて いる!?手を伸ばすことも叶わねぇ、行く末を見届けることすら出来やしねえッ!! 何故オレがッ!!ええッ!?どうしてオレだけがッ!!何の為に!!何の意味が あってオレは惨めに生きている!?誰か答えろよッ!!ええオイッ!! 一体何に怒りをぶつければいいのか、それすらも解らないまま――、ギアッチョは 溢れ出しそうな怒りを必死に押しとどめていた。 「・・・ギアッチョ ・・・・・・どうしたの?」 その声にハッと我を取り戻したギアッチョが顔を上げると、ルイズが僅かな戸惑いをその 顔に浮かべて自分を見ていた。 「・・・・・・なんでもねぇ」 思わずルイズに当たりそうになったが、彼女とて意図して自分を呼び出したわけでは ない。数秒の沈黙の後――ギアッチョは何とかそれだけ言葉を絞り出した。 いつもと様子が違うギアッチョに、ルイズは当惑していた。ギアッチョを召喚してまだ 数日だが、この男がキレた所はもう嫌というほど眼にしていた。そしてその全く 嬉しくない経験から理解していたことだが、ギアッチョはブチキレる時にTPOを わきまえることはない。食堂だろうが教室だろうが、キレると思ったらその時スデに 行動は終わっているのがギアッチョなのである。シエスタから聞くところによると、 既に厨房でも一度爆発したらしい。傍若無人を地で行く男であった。 そのギアッチョが怒りをこらえている。ルイズでなくても戸惑いは当然だろう。 レンズの奥に隠れてギアッチョの表情は判らなかったが、ルイズには彼が無言の うちに発している悲壮な怒りが痛々しいほどに伝わってきた。 ――・・・ギアッチョ 私のただ一人の使い魔 ただ一人の味方・・・ ルイズはギアッチョの力になってやりたかった。圧勝とは言え体を張って自分を 助けてくれたギアッチョに、せめて心で報いたかった。しかしルイズの心の盾は 堅固不壊を極めている。自分の為に本気で怒ってくれたギアッチョに、ルイズは ただ一言の礼を言うことすら出来なかった。そして今もまた、ルイズの盾は 忠実に職務を果たしている。ギアッチョに報いたいというルイズの思いは、自らの 盾に阻まれて――彼女の心の内に、ただ虚しく跳ね返った。 こうして、怒りを内に溜め込んでいるギアッチョと自己嫌悪に陥っているルイズは 二人して陰鬱な空気を纏ったまま武器屋へと到着した。 貴族が入店したと見るやドスの効いた声で潔白の主張を始める店主に「客よ」と 告げて、ルイズは剣の物色を始める。 「・・・ギアッチョ、あんたはどれがいいの?」 使用者であるギアッチョの意向無しに話は進まないので、ルイズは意を決して 話しかけた。 「・・・剣なんぞに馴染みはねーんだ どれがいいかと聞かれてもよォォ」 同じ事を考えているであろうギアッチョは、そう答えて適当な剣を手に取る。 「――リゾットの野郎がいりゃあ・・・いいアドバイスをくれただろうな」 刀身に視線を落とすと彼はそう呟いた。 リゾット・・・何度かギアッチョが話した彼のリーダー。怒りや悲しみがないまぜに なった声でその名を呟くギアッチョに、ルイズは何かを言ってやりたくて・・・ だけど言葉すらも浮かんではこなかった。 「帰りな素人さんどもよ!」 ルイズの代わりに静寂を破ったのは、人ではなかった。二人が声の主を 探していると、再び聞えたその声はギアッチョの目の前から発されていた。 「剣なんぞに馴染みはねーだァ?そんな野郎が一人前に剣を担ごうなんざ 100年はえェ!とっとと帰って棒っ切れでも振ってな!」 「・・・何? どこにいるのよ」 ルイズがキョロキョロとあたりを見回していると、ギアッチョがグィッ!と一本の 剣を持ち上げた。 「・・・インテリジェンスソード?」 ルイズは珍しそうに持ち上げられた剣を眺めている。 「は、いかにもそいつは意思を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさ こらデル公!お客様に失礼な口叩いてんじゃあねえ!」 店主の怒声をデル公と呼ばれた剣は軽く受け流す。 「おうおう兄ちゃんよ!トーシロが気安く俺に触ってんじゃあねーぜ!放しな!」 なおも続く魔剣の罵声もどこ吹く風で、ギアッチョは感情をなくした眼で「彼」を じっと見つめている。 「聞いてんのか兄ちゃん!放せっつってんだよ!ナマスにされてーかッ!」 なんという口の悪さだろう。ルイズは呆れて剣を見ている。そしてギアッチョも 感情の伺えない眼でデル公を見ている。 「・・・おい、てめー口が利けねーのかぁ!?黙ってねーで何とか言いな!!」 ギアッチョは見ている。死神のような眼で、喋る魔剣を。 「・・・・・・ちょ、ちょっと何で黙ってんだよ・・・喋ってくれよ頼むから ねぇ」 ギアッチョは不気味に見つめている。彼の寡黙さにビビりだした剣を。 「・・・あのー・・・ 丁度いいストレスの発散相手が出来たって眼に見えるんですが ・・・僕の気のせいでしょーかねぇ・・・アハハハハ・・・」 そして完全に萎縮してしまったインテリジェンスソードを見つめる男の唇が、 初めて動きを見せ―― トリステイン城下ブルドンネ街の裏路地に、デル公の悲鳴が響き渡った。
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第八十六話「怪獣は動く」 不動怪獣ホオリンガ 登場 トリステインの一地方の、小さな農村。背景に野山が並ぶ、のどかな空気が流れる平和な土地である。 ここの畑の一つを耕している農夫に、通り掛かった農夫仲間が呼びかける。 「おーい、今日はいい天気だっぺなぁ~」 「ああ、そうだっぺなぁ。ほんに畑仕事日和だっぺ」 鍬を振るう手を一旦止めた農夫が、仲間と立ち話をする。 「それにしても、戦争が終わってからほんに平和になったっぺなぁ。重くなる一方だった税金も 軽くなって、はぁ~、まさに女王陛下さまさまだっぺぇ」 「ほんとになぁ。ウチの兵隊に出ていった息子も無事帰ってきたし、ひと安心だっぺよ」 「……けど、ここのところは刺激的なこともすっかりなくなって、何だか退屈だっぺよ。 来る日も来る日も変わり映えのない畑仕事ばっかり。ここらで何か面白いことでも起こらんもんだっぺかな」 「おいおい、そんな贅沢なことを言うもんじゃねぇっぺ。何をおいても、平和が一番! 今度の戦争で それがよく分かったろうよ?」 「まぁ、そうだどんけどな」 アハハハと朗らかに笑い合う農夫たち。こんな風に他愛ない話で楽しめるのも、平和である証だ。 しかし、ふと背景の山々に目を向けた農夫が、訝しげに目を細めた。 「んん~……?」 「おい、どうしたっぺ?」 「なぁ……何か、山が多くないっぺか?」 「はぁ?」 おかしなことを言う農夫に、仲間はすっとんきょうな声を上げた。 「何を言うっぺか? 山が多いって……そんなことあるはずなかろうて」 「いやいや、あそこ! いつも見てる景色と、今日はなーんか違う気がするっぺよ!」 農夫が指差す方向に、仲間も顔を向けた。 「そうかぁ? 気のせいだろうよ。落ち着いて考えろよ。山が増えるなんて、いくら何でも ある訳ねぇっぺ」 「けんど……」 もう一度山地に視線を送った農夫が、ギョッと目玉を剥いた。 「お、おい!」 「あん?」 「今、山が一つ動いたっぺ!」 その言葉に、農夫仲間はとうとうおかしくなったのかと心配になった。 「おめぇ、頭大丈夫っぺか? 山は生き物じゃねぇど。動くかよ」 「け、けど、あれ!」 農夫がしきりに指を差すので、仲間はやれやれと肩をすくめ、指の先へと視線を戻した。 そして彼も、表情を驚愕に染めることになった。 「な、な、な……なぁぁぁぁ――――――――――――!?」 「や、山が動いとるだよぉぉぉぉぉぉ――――――――――――!!」 二人が目撃したのは……野山と野山の間から、「山のような何か」がズズズズ……とゆっくり 移動している現場であった。 毎度お馴染みのトリステイン魔法学院、寮塔のルイズにあてがわれた部屋。 「なぁルイズ……クリスのことなんだけどさ」 「何よ、いきなり改まって」 才人が神妙な面持ちで、ルイズに話を振っていた。 ちなみに二人が座っている場所は、畳の上。そして囲んでいるのはちゃぶ台。何故西洋風文化の 世界のハルケギニアに、こんな不釣り合いのものがあるかと言うと、先日復学したタバサが 持ち込んできたところを発見した才人が、日本にいた頃を懐かしんで譲ってくれるように 頼み込んだからだ。タバサの方も、畳とちゃぶ台をどうしようか少し悩んでいたというので、 快く受け取ることが出来た。そしてルイズの部屋に運び込み、以前寝床にしていた藁を敷いていた 部屋の隅に設置し、才人のスペースにしたのであった。 しかしタバサがどういう経緯でこんなものを手に入れたのかはよく分からなかった。 里帰りしていた時に、色々あったみたいだが。 それはともかく、才人はまだ椅子を使わずに直接座ることに慣れていない様子のルイズに言った。 「今日もクリス、独りぼっちだったな。話しかける奴は、俺らだけだった」 「……そうね」 コクリと、ルイズは小さく首肯した。 クリスが学院に編入してから数日が経過していたが、クリスは現在のところ、ルイズと才人以外に 全然友達が出来ていなかった。それどころか、誰も近寄ろうとしない。やはり、クリスの格好や言動、 振る舞いが他と違いすぎるから敬遠されてしまっているようだ。 この状況を、才人は苦々しく思っているのであった。 「クリスのこと、どうにかならないかな。あいつ、時々突拍子もないこと言ったりやったりもするけど、 根は真面目でいい奴なんだぜ。それなのに、腫れ物みたいに扱われるなんてひでぇよ」 この才人の意見に対し、ルイズも渋い顔をしながらも返答する。 「気持ちは分からなくもないけど……貴族って、多分あんたが思ってる以上に閉鎖的なものなのよ。 自分たちにとっての変わり種は、そうそう受け入れようとは思わない……。わたしだって色々と苦労したものよ」 経験談を語るルイズ。確かに、会ったばかりの頃のルイズは周りから「ゼロ」と軽んじられ 半ば仲間外れにされていて、大変そうだったと才人は思い返した。現在はほぼ対等の立場と なっているが、それは『虚無』に目覚めたことでコモン・マジックを扱えるようになってから…… 貴族にとっての「普通」になってからようやくのことだった。 「他にも、貴族社会のしがらみのこともあるわ。その点においては、クリスが他国の王女だと いうのが一番のネックになってるのよ」 「他国の王女だってのが問題って……他の国の留学生ならタバサとかキュルケとかがもういるし、 何よりクリス、自分のことは王女と思わなくていいって言ってたじゃんかよ」 「クリス自身がそう言ってても、周りが同調するとは限らないわよ。むしろ、クリスに賛同する 者の方が圧倒的に少ないでしょうね。本人がどう言おうとも、周囲はどうしても彼女を「王女」、 つまり「一つの国そのもの」として見るわ。それに親しくしようとするのは、他国に取り入ろうと してると見られてしまうって訳。そんなマイナスイメージがついたら、貴族社会で苦しい思いを することになるでしょうね。……「他国の貴族」と「他国の王女」じゃ、その点が大きな違いなのよ。 そしてその意識を変えるのは、所詮一生徒と成り上がり貴族には無理難題よ」 憮然とした才人に、ルイズは諭した。 「何だよ、それ。くっそ、貴族ってのはいちいちめんどくさいな……」 大きなため息を吐いた才人は、論点を変えながら話を続ける。 「でも、俺たち姫さまから、クリスのことをよろしく頼まれただろ。それを反故にするのか?」 アンリエッタのことを出されると、ルイズはうッ、と息を詰まらせた。 「そんなつもりじゃないけど……だからって、具体的にどうしようってのよ。たとえば、 あんたの世界だと転校生はどんな風に扱われるの?」 聞かれて、才人は答える。 「俺の世界じゃ、そもそも身分の違いなんてもんはないし……転校生が来たら、仲良くしようって 歓迎するもんだよ。クラスのみんなで、パーティーとかもするんだぜ」 そう言ったら、ルイズが食いついた。 「パーティー? ……なるほどね。それ、なかなか悪くないじゃない」 「え?」 「貴族の世界も、親交を深める手段として最も用いられるのはパーティーを開催することだわ。 一対一だと変な勘繰りをされるかもしれないけど、不特定多数と平等に接すれば、他意があると 思われる可能性は少なくなるでしょうね」 ルイズの言うことは才人には少し難しかったが、同意してくれているということだけで十分であった。 「そっか! ルイズがそう言うんだったら、その方向で行こう! クリスを中心に、学院でパーティーだ!」 張り切る才人だが、ルイズはそのことで違う問題を挙げた。 「でも、パーティーをやるとして、今度はその内容をどうするかを考えないといけないわよ。 何せ、普通のパーティーじゃクリスがまたいらないことを言って、せっかくの席をぶち壊しちゃう かもしれないし。それに、パーティーするなら少なくとも広間が必要よ。そこを貸してもらう 許可が下りるかしら」 「うッ……まだそんなに問題があるのかよ」 嫌になってくる才人だが、ここで閉口していては先に進まない。 「それじゃまずは、どんなパーティーにするかの案を……」 と言いかけた時に、ゼロがいきなり声を発した。 『話の途中ですまねぇが、一旦そこまでにしてくれ。才人、怪獣がこっちに近づいてるぜ!』 「えッ!? マジかよ!」 途端に才人とルイズは身を強張らせた。 『嘘言うもんかよ。気配が異様に静まってるからなかなか気づけなかったが、一度捕捉すりゃ はっきりと分かる。もう結構近いとこまで来てるようだ』 「そうか……分かった。どんな奴か知らないが、放っとく訳にはいかないよな」 気配が異様に静まっている、というのが奇異であったが、そこを考えるのは後からでもいい。 才人はさっと立ち上がる。 「怪獣の接近を止めないとな。ってことでルイズ、行ってくるぜ」 「頑張ってね、サイト」 壁に立てかけていたデルフリンガーを背負った才人を、ルイズはひと言だけ告げて応援した。 「デュワッ!」 ウルトラゼロアイを装着すると、ゼロへ変身した才人が光に包まれながら学院から飛び出していった。 才人が変身する少し前、タバサはシルフィードに跨って学院から飛び出し、学院に接近しつつある 怪獣の姿をひと足先に確認していた。直前に空の散歩をしていたシルフィードが、たまたま発見して 彼女に報告していたのだ。 「お姉さま、あれなのよ! ホントに、小山が動いてるみたいでしょ? きゅいきゅい!」 シルフィードが指す先にいるのは、動く小山……と思わせるような、重量級の怪獣であった。 二つの真ん丸とした目玉に、青い胴体からはいくつもの触手を伸ばしている。そして口に相当する 部分には、黄色い花をちょこんと生やしている。それがズズズズ……とゆっくりと学院の方向へと 移動している。 花があることから想像がついたかもしれないが、この怪獣は動物型ではなく植物型。名をホオリンガという。 そしてタバサは、以前に書籍でこのホオリンガの姿形を目にしていた。 「あの怪獣は……トリステインの一地方の伝承を纏めた本の挿絵にあった怪物と瓜二つ」 「お姉さま、あの怪獣のことを知ってるのね?」 シルフィードの問い返しにコクリとうなずくタバサ。 「……確か、現れた場所から一歩も動かずに、土地に栄養を与えた後に山に変貌するという。 その地方では、自然の神として信仰されてたこともあるとか」 「山に変わる? どういうことなのね?」 「そのままの意味らしい」 「……よく分からないけど、そんなシルフィにも分かることが一つあるのね」 シルフィードは地上のホオリンガへと視線を落とした。 「一歩も動かないって、あの怪獣は明らかに動いてるのね。おかしくないかしら?」 「……わたしにも、そこはよく分からない」 そう話していたら、ゼロが現場に到着した。実体化した彼はホオリンガの前に着地して、進行を妨害する。 『待ちな! これ以上は学院には近づかせねぇぜ! そこで止まれ!』 手の平を向けて高々と告げるが、 「キュウウゥゥゥイ!」 ホオリンガはまるで聞き入れた様子がなく、速度を保ったまま前進し続けている。それを見た ゼロが舌打ちした。 『聞いちゃいねぇか。……って言うか……』 ゼロはホオリンガの眼に注目した。おぼろげにしか光が灯っていない。 『どうも正気じゃなさそうだな。……この前のティグリスもそんな感じだったな……立て続けに そんなのが現れるとは、やっぱり何か恣意的なもんがあるのか……?』 一瞬考え込んだゼロだが、すぐに意識をホオリンガに戻す。 『とりあえず考えるのは、こいつを正気に戻して元の居場所に帰してからだ!』 向かってくるホオリンガに飛びかかっていくゼロだが、ホオリンガはティグリスの時とは異なり、 自発的にゼロに攻撃を仕掛ける。 「キュウウゥゥゥイ!」 胴体から生える長い触手がいくつもうごめき、ゼロへと伸びていった! 『おっと!』 しかしさすがはゼロ、複数の触手を難なく回避。だがホオリンガも諦めず、しつこく触手を振り回す。 『よッ! はッ! とッ!』 正面からの突きを、首を傾けてよけ、袈裟に振るわれたものはくぐり、足元を狙った横薙ぎは 軽く跳び越える。巧みな身のこなしだ。 『へへッ、今度はこっちの番だぜ!』 そろそろ反撃しようとするゼロ。だがその瞬間に、ホオリンガの花から大量の黄色い花粉が噴き出した! 『うわっぷッ!?』 ゼロは突然の花粉をもろに浴びてしまった。それにより、 『は、はぁっくしッ! べっくしッ! く、くそぉ……!』 花粉が呼吸器を刺激し、くしゃみが止まらなくなる。いくら身体を鍛えようとも、こういうものは どうしようもない。 くしゃみのせいでろくに身動きが取れなくなっていると、地面から触手が突き出てきて、 ゼロの四肢を拘束して空中に持ち上げた! 「キュウウゥゥゥイ!」 『うおわッ!? くぅッ……!』 ホオリンガは捕らえたゼロをそのままギリギリと締め上げる。苦痛にうめくゼロだが、 もちろんやられたままではいない。 『しょうがねぇ……ビリッと行くが、勘弁してくれよ!』 意識を集中し、ツインテールに浴びせたような電気ショックを身体から発した。電撃は触手を通じ、 ホオリンガ本体を痺れさせた。 「キュウウゥゥゥイ!」 『よし、今だ!』 ホオリンガが停止している隙に、ルナミラクルゼロへ変身。素早く浄化技を放つ。 『フルムーンウェーブ!』 光の粒子を浴びて、ホオリンガの触手がダラリと垂れる。そして二つの目玉に青い輝きが灯った。 「キュウウゥゥゥイ……」 ホオリンガは辺りを見回すと、クルリと反転して来た道をそのまま引き返していった。 ホオリンガはもう大丈夫。このまま元々の場所へ帰り、自らの栄養を土壌に与えて野山の一つになり、 自然と一体化するその時を待つ、本来の生態を取ることだろう。 その日の夜、才人は学院の中庭を散策しながら頭をひねっていた。 「う~ん……クリスのためのパーティー、どんな内容にしたらいいかなぁ……」 ホオリンガ出現で中断していたパーティーの考案を続けているのだが、どうにもいい案が 一向に浮かんでこないのだった。それで気分転換を兼ねて散歩しているのだが、やっぱり 良い考えは出ない。 「先生たちから場所を借りれるかって問題もあるけど、まずはそこを決めないと、どうしようもないよな。 けど、普通じゃないパーティーってどんなんだ? そもそも俺、普通のパーティーってのがどんなもんかも よく知らないし……」 と思い悩んでいたら、背後から声(?)を掛けられる。 「キュー」 「ん?」 振り返ってみると、そこにいたのはクリスの使い魔、デバンだった。 「デバン。お前、こんなところで一人で何やってるんだ? クリスの傍にいなくていいのかよ」 思わず尋ねかけた才人だが、すぐに苦笑する。 「って聞いても、人の言葉なんて話せないか……」 「そういう君も一人じゃないの。お互いさまだね」 そう思った矢先に、返事が来た。しかもかなり渋みのある声。 「……えええええええええ!? デバン、今しゃべったのお前か!?」 「うん、私がしゃべったよ」 「お、お前、しゃべれる怪獣だったのかよ!」 「いや、元々は人の言葉は話せなかったよ。これはお嬢と契約した影響だね」 お嬢というのは、言うまでもなくクリスのことだろう。 「けど、しゃべれるんだったら何でいつもは『キュー』なんて鳴いてるんだよ」 「それはあれだよ。私はお嬢のマスコットだからね。それが渋い声でしゃべっちゃダメでしょ。 女の子の夢が壊れちゃう」 「マスコットって、そんな濃い顔でよく言うな……」 若干呆れた才人であった。 「まぁそれはいいや。で、お前は俺に何の用だ?」 「ああ、そうだったね」 デバンは気を取り直して、才人に聞き返す。 「今、お嬢のためのパーティーがどうとかって話してたけど、どういうこと?」 「聞いてたのか。実はな……」 才人は、クリスが学院で孤立しているのを気に掛けていること、それをどうにかする手段として パーティーを立案中であることを説明した。すると、デバンはジーンと感動する。 「ウチのお嬢のことをそんなに考えてくれるなんて……君ってすごくいい子だねぇ。さすが、 お嬢が見込んだサムライだよ! うん、実に素晴らしい!」 「いやぁ、それほどのことじゃないさ」 称賛されて少し照れた才人だが、デバンは声のトーンを変えてこんなことを語り出した。 「でも、実はお嬢、この国には勉強をするためだけに来たんじゃないんだよね。お嬢のことを 心配してくれてる君には話すけど」 「へ? クリス、留学生じゃないのか……?」 「表向きはそうなってるけどね、本命は別にあるのさ。お嬢は、ある使命を帯びてこの国に来たんだよね」 突然の重々しい話に、才人は目を見開いて驚く。 「使命って……」 「その使命を終えたら、すぐに国に戻ることになってるの」 「すぐに? そんなに早く帰らなくちゃいけないのかよ?」 「何せ王女だからねぇ。本当なら、そうそう国を空けてちゃいけないんだよ」 デバンの説明に、才人はクリスもアンリエッタ同様、色んな制約の下に生きているのだと いうことを薄々感じた。 「それで国に帰ったら、ルイズと彼女の使い魔の君ならともかく、ここの学院の人々とは もう二度と会うことはないだろうね」 「そんな……」 「そういうこともあって、お嬢自身周りと馴れ合う気がないんだよ。それに自分の立場ってのも よーく分かってる。だから孤立してるんだよ」 デバンの言うことを、才人は受け入れがたかった。 「ホントにそれでいいのかよ……。クリスだって、一人ぼっちで寂しいんじゃないのか?」 「本心じゃそうかもしれないけど、すぐにお別れになるだろうからね。後が辛くなるのを考えると、 必要以上に仲良くなりたくないと考えちゃうのさ」 「けど……」 「サイトくん、君はお嬢を本当に心配してくれてる。それは私としても嬉しいよ。けど、お嬢の事情も 分かってあげてほしい」 そう言われては、才人に反論の言葉は見つからなかった。代わりに、デバンにこう尋ね返す。 「でも、そのクリスの使命って何なんだよ。この学院に、どんな用があるんだ?」 しかし、デバンからははっきりとした答えは得られなかった。 「そこまでは私からは話せないねぇ。何せ私はあくまで使い魔だ。そこまで重要なことを、 独断で教える訳にはいかない」 「そうか……」 「まぁ、お嬢はサイトくんを友達だと思ってる。君の力が必要だと思ったら、お嬢自らが話すさ」 それでデバンからの話は終わりであった。 「話、聞いてくれてありがとね。もちろん、このことはお嬢には秘密にしておいてね」 「言われなくても分かってるって」 「ありがと。じゃ、私はお嬢のとこ戻るから。キュー!」 最後にひと鳴きして、デバンはひょこひょこと中庭から離れていった。 「……すっげーギャップ、あの声……」 デバンの背中を見送った才人は、ふと考える。クリスの事情ももちろんのことだが、 一番気にかかったのはクリスの使命とやらだ。王女自らが果たさなければならないほどの 使命とは、一体どんな内容なのか。 あの気持ちの良いクリスのことだ、まさかトリステイン侵略などを考えているのではあるまい。 しかしそうでないのなら、わざわざ他国の学院に何をしに来たというのだろうか? その答えは、どんなに考えを巡らそうとも出てくることはなかった。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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翌朝。 「・・・っうぅん・・・ ・・・・・・ハッ!?」 言い知れぬ不安を感じてガバッと跳ね起きたルイズは、外の明るさを確認して軽く絶望した。 「もっ、もうこんな時間!?ちょっとギアッチョ、起きてるなら起こしなさいよ!」 ベッドから立ち上がったルイズは椅子に座って頬杖をついている使い魔を睨むが、 「・・・ギアッチョ?」 当のギアッチョは、感情の篭らない眼でぼーっと虚空を見つめている。 「・・・ねえ、ギアッチョ・・・大丈夫?」 ルイズの心配そうなその声で、ギアッチョはやっと気付いたらしい。緩慢な動作で、クローゼットを漁るルイズに首を向けた。 「ああ・・・すまねーな」 いつもの気強い態度は全く鳴りを潜めている。原因は明白だった。 ホルマジオ達の死については、ギアッチョにももう整理はついているだろう。 しかしリゾットの死を知ったのは今朝のことなのである。彼の動揺を誰が責められるだろうか。 無神経だったとルイズは思った。そしてそれと同時に今朝の夢が頭の中で反芻されて、ルイズの気分もドン底に沈んでしまった。 ぶんぶんと首を振って、彼女は考える。こんなときこそ主人は毅然としていなくてはならない。 今自分が悄然とした態度を見せれば、ギアッチョの心はますます沈んでしまう。 「ギアッチョ、厨房に行ってきなさいよ シエスタが料理作って待ってるでしょう?」 出来るだけ平静を装って、ルイズはギアッチョに声を投げかけた。 「・・・今日は授業に遅刻してもいいわ ゆっくり食べて来なさい」 ルイズの気遣いに気がついたのか、「・・・そうだな」と短く返事をするとギアッチョは椅子から腰を上げた。 料理を口に運びながら、ギアッチョは軽い自己嫌悪に陥っていた。 リゾット達の死を受け入れるなどと言っておきながら、結局感情を抑えきれていない自分が心底腹立たしかった。 勿論、他人から見れば全く仕方の無いことではある。リゾットの死に加えて、六人全ての死に様を己の眼で見たのだ。 封じたはずの彼の火口から怒りと悲しみが漏れ出してくるのも当然だとルイズもそう思っているのだが、ただギアッチョ自身だけが己を許せない。 リゾットまでがジョルノ達にやられていれば、ギアッチョは怒りを爆発させてしまっていたかもしれなかった。 リゾットがボスと戦い、そして瀕死にまで追い込んだという事実だけが彼の心を慰めていた。 「・・・あの、ギアッチョさん」 いつもの覇気の無いギアッチョを、シエスタは困惑した眼で見つめていた。 「どうかなさいました? なんだかいつもより元気がないように見えるんですが」 「・・・ああ すまねーな・・・ちょっと色々あった」 我に返って言葉を返す。しかしギアッチョのその言葉に、シエスタの表情はますます心配の色を深めた。それに気付いてシエスタは努めて笑顔を作る。 「・・・ギアッチョさん えっと・・・その も、もし辛くなったら いつでも言ってくださいね 私でよければ相談に乗りますから」 いつもと違うギアッチョの様子に気後れしつつも、彼女はそう言って微笑んだ。 同じく心配げにギアッチョを見ていたマルトーも、 「おおよ!俺だって年中無休で乗ってやるぜ!言いたくなったら遠慮するんじゃねーぞ 我らの剣!」 シエスタの言葉を受けてドンと胸を叩く。そんな二人を見て、ギアッチョは自分がどれだけ打ち沈んだ顔をしていたのかをやっと理解した。 ――こんなガキからオヤジにまで心配されてよォォ 何やってんだオレは? ギアッチョは空になった皿にフォークを置いて立ち上がる。 「悪かったな・・・もう問題ねー」 彼の顔からはもう沈んだ様子は伺えない。よく分からないなりに安堵している二人に礼を言ってから、ギアッチョは教室へと歩き出した。 感情が顔に出ていたというのなら、そのせいで心配されていたというのなら。 ギアッチョはすっと顔から表情をなくす。 怒の方面には感情の起伏が激しい男だが、彼も普段は冷静な性格であり、加えて暗殺者時代にそれなりの経験があるものだから無感情に振舞うことはそんなに難しいことではなかった。 ギアッチョは他人に心配されるのは好きではない。いや、正確に言うならば苦手なのである。 別に鬱陶しいとか腹立たしいとかいうわけではなく、要するに慣れていないのだった。目の前の人間に心配そうな顔で何かを言われたり、あまつさえ泣かれたりなどするともう何を言っていいか分からないわけである。 まあ、勿論生前にはそんなシチュエーションなど皆無に近かったのだが。 説教をしたくないというのも似たような話で、つまりは他人に深く干渉したりされたりするのが苦手なのだった。 心配されるのは苦手だ。特にルイズの野郎はしまいにゃまた泣き出すかもしれない、とギアッチョは思う。 ギアッチョが召喚されてからというもの、ルイズはやたら泣いてしまうことが多かったので、ギアッチョの中ではルイズ=泣き虫という式が出来上がっているらしかった。 目の前で頼りにしていた人間が死にかけたり九人分の死に様を見せられたりすれば若干16歳の少女としてはそれは泣かないほうがおかしいぐらいの話ではあるのだが、境遇が境遇である為にギアッチョにそんなことは全く分からなかった。 さて、そういうわけで彼の心の中では小さな爆発が何度も起こっているのだが、とりあえず表面上は感情を出さないことに方針を決めてギアッチョは教室の扉を開ける。 と、その瞬間烈風と共に赤髪の少女が吹っ飛んできた。 「ああ?」 予想外の出来事に少々面食らいつつも、ギアッチョは見事に彼女を抱き止める。 「・・・何やってんだてめーは」 というギアッチョの呆れ混じりの問いに、 「・・・ありがとう 背骨を折らなくて済んだわ」 額に青筋を浮かばせながらも、彼女――キュルケはすました顔で礼を言った。 聞けばそこの長い黒髪に漆黒のマントという何かの映画で見たようないでたちのギトーという教師が、風が最強たる所以というものを披瀝していたらしい。 彼はギアッチョにちらりと一瞥を向けると、何事も無かったかのように授業を再開した。 何だか癇に障ったので嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、キュルケが黙って席に戻ったのでギアッチョも黙って座ることにした。 勿論貴族の席に堂々と。ギトーはまだまだ風の最強を説明し足りないようで新たに呪文を唱えていたが、突然の闖入者にその詠唱は中断された。 乱暴に扉を開けて現れたのは、鏡のように磨き上げられた頭を持つ男、コルベールである。しかし、今入ってきた彼の姿は乱心したかとしか思えないほど奇妙なものだった。馬鹿デカい金髪ロールのカツラを頭に乗せ、ローブの胸にはひらひらとしたレースの飾りや刺繍が踊っている。ギトーは眉をひそめて彼を見た。 「・・・ミスタ? 失礼ですが・・・そのカツラは?」 「ヅラじゃないコルベールだ」 何かよく分からない拘りがあるらしい。ギトーはとりあえずスルーすることにした。 「・・・・・・今は授業中ですが」 しかしコルベールは、それどころじゃないという風に手を振って言う。 「いいえ、本日の授業は全て中止です」 教室から一斉に歓声が上がった。不満げな顔をするギトーから生徒達に眼を移して、コルベールは言葉を継ぐ。 「えー、皆さんにお知らせですぞ」 威厳を出す為かそう言ってふんぞり返った瞬間に、彼の頭から見事な回転を描いてカツラが落下した。幾人かの生徒がブフッと吹き出し、それを合図にそこかしこから忍び笑いが聞こえる。 一番前に座っているタバサが、旭日の如く輝くコルベールの額を指してぽつりと一言「滑りやすい」と呟き、その途端教室が爆笑に包まれた。キュルケもタバサの背中をバンバンと叩いて笑っている。 「シャーラップ!ええい、黙りなさいこわっぱ共が!」 コルベールは顔を真っ赤にして怒鳴る。 「大口を開けて下品に笑うとは全く貴族にあるまじき行い!貴族はおかしいときは下を向いてこっそり笑うものですぞ!まったく、これでは王室に教育の成果が疑われる!」 王室、という言葉に教室が静まり返る。どうしてそんな言葉が出てくるのだろう。 そんな生徒達の心中の疑問に答えるべく、コルベールが三度口を開く。 「えー・・・おほん 皆さん、本日はトリステイン魔法学院にとって、まことによき日であります 始祖ブリミルの降誕祭に並ぶ、実にめでたき日でありますぞ」 そう言って、コルベールは後ろ手に手を組んで生徒達を見渡した。 「畏れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な宝華、アンリエッタ姫殿下が!なんと本日ゲルマニアご訪問からのお帰りに、この我らがトリステイン魔法学院に行幸なされるのです!」 コルベールの身振り手振りを交えた報告に、教室中がざわめいた。 「決して粗相があってはいけません 急なことですが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います よって本日の授業は中止、生徒諸君は今すぐ正装し、門に整列すること! よろしいですかな?」 その言葉に徒達は一斉に姿勢を正す。そんな生徒達を満足げに見つめて、ミスタ・コルベールは話を締める。 「諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、各々しっかりと杖を磨いておきなさい!」
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前ページ次ページゼロの使い魔BW 抜けるような青空、というのはこういった空のことを言うんだろうか。 ぼんやりとした思考で、少年はそんなことを思った。 視線を落とせば、豊かな草原が一面に広がっている。暖められた草の、青臭い匂いが鼻をくすぐる。 遠くに、石造りの立派な城が見えた。彼が居たはずのイッシュでは、余り見ないタイプの建物だ。 だけどよくよく考えれば、以前に『彼』と雌雄を決したのも『城』だったなと思う。そう考えれば、そんなに不思議でもないのかもしれない。 ただそれも、彼が直前まで居たのが『海底遺跡』でなければの話だ。 海の底にある古びた遺跡のそのまた最奥に居たはずの自分が、何故こんな開けた場所に居るのか。 混乱している思考でそんなことを考えているところに、背後から声をかけられた。 「あんた誰?」 振り返れば、見慣れない格好をした女の子が、腰に手を当ててこちらを睨んでいる。 いや、白いブラウスにグレーのプリーツスカートと、服自体はそんなに妙でもない。ただ、首元のブローチによって留められた黒いマントが異彩を放っている。 顔は、まず可愛いと言って間違いはない。白い陶器で作ったようなつくりの良い顔に、強い光を放つ鳶色の眼。背中までかかっている柔らかくウェーブした髪は、ちょっと珍しい桃色がかったブロンドである。 周囲には同じような格好をした少年少女が、彼と女の子を取り巻くようにして立っていた。物珍しげな視線を向けられ、なんとも居心地が悪い。 マントがなければ、学生の集団のようにも見える。まるで昔見た映画の魔法学校のようだ。 「ルイズ、『サモン・サーヴァント』でヘイミンを呼び出してどうするの?」 どこかからそんな声が上がると、意地の悪い笑いのさざめきが少年少女の間に広がった。 「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」 目の前の女の子が、声の上がったほうをきっと睨みつけて口を開く。 「間違いって、ルイズはいっつもそうじゃん」 「流石はゼロのルイズだ!」 誰かがそう言うと、人垣がどっと笑う。 どうやら目の前の彼女はルイズと言うらしい。 とにかく、「なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け」である。 まずは名前を答えようと口を開いたところで、集団に混じっている『彼ら』に気づいた。 ほぼ習慣と化している手順でバッグを探り、手帳サイズのそれを取り出して開く。 そして最新技術の結晶であるそれのカメラを、彼らのうちの一体――青い髪の小柄な子の隣に控える、やっぱり青いドラゴン――に向け、ボタンを押した。 ERROR:対象はポケモンではありません 「あれ……?」 思わず首を傾げた。これは、人間や単なる無機物に対してそれ――ポケモン図鑑を起動した際に出るメッセージだ。ならアレは、ポケモンではないのだろうか。 とりあえず他の彼らにカメラを向け、同じようにボタンを押してみる。モグリューやきわめて小さいニョロトノのようなそれらにも、図鑑は反応しない。 嫌な予感がして、今度はタウンマップを取り出し起動した。 イッシュではない。カントーでもない。ジョウトでもない。ホウエンでもない。シンオウでもない。 該当データ、なし。 海底遺跡の調査が終わったら他の地方を回ってみようと思っていたから、マップデータはあらかた詰め込んだはずだ。それこそ、普通は入れないような細かいデータまで。 目の前がまっしろになりかけた。 先ほど彼の前に居た女の子が、人垣を割って現れた髪の薄い男性になにやら喰ってかかっているが、そんなことを気にしている場合ではない。 無意識に、腰元のボールを手で探った。『そらをとぶ』を使えば、例え見知らぬ場所であろうと、ポケモンの優れた方向感覚によって見知った街に飛ぶことができる。 だが、手はそこで止まった。今の彼に、それを試してみる勇気はない。試してみて、万が一失敗してしまえば、どうしようもない事実が確定してしまいそうだったから。 ポケモンではない、青いドラゴンやモグリューのような生き物が存在する世界。 果たしてそれは、彼の居た世界と同じものなのだろうか? 「彼はただの平民かも知れないが、呼び出された以上、君の『使い魔』にならなくてはならない。古今東西、人を使い魔にした例はないが、この儀式のルールは他のあらゆるルールに優先するのだから」 「そんな……」 視界の隅では、男性に諭された女の子ががっくりと肩を落としていた。 男性がこちらを指さしていた辺り、彼にも関わる話なのだろうが、内容は全く分からない。 「召喚には手間取ったけれど、最後は成功したんだ。きちんと契約まで済ませて、儀式を完遂しなさい」 「……はい」 男性に厳しさと優しさの混じった微笑を向けられて、女の子――ルイズがくるりとこちらを向く。 そのまま近づいてきた彼女は、困ったような表情で彼を見つめて言った。 「あんた、感謝しなさいよね。貴族にこんなことをされるなんて、普通は一生ないんだから」 キゾク? 貴族、だろうか。ならさっきの「ヘイミン」というのは平民のことか。 困惑する彼の前で、ルイズは諦めたように目をつむり、手に持った小さな杖を振る。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。このものに祝福を与え、我の使い魔となせ」 まるで呪文のような文言を唱えると、杖を彼の額に置いた。 そして、呆気に取られる少年の頬を手で支えると――小さな唇を、彼のそれに重ねた。 「っ!?」 「……終わりました」 すっと立ち上がり、顔を真っ赤にしつつ報告したルイズの背中を、少年は呆然と見つめた。 『ちょうおんぱ』に『あやしいひかり』を重ねがけされた上で『ばくれつパンチ』を喰らったような気分である。分かりやすく言うと、なにがなんだか分からないということだ。 「『サモン・サーヴァント』は何度も失敗したが、『コントラクト・サーヴァント』はきちんとできたね」 頭の薄い男性が、嬉しそうに言った。 それを皮きりとして、またしても人垣が騒ぎ立てる。 どうやら、ルイズというこの女の子は基本的にからかわれる立場らしい。『洪水』『香水』『ゼロ』などの言葉が飛び交うが、頭に入ってくることはなかった。 駄目だ。完璧に混乱してしまっている。とりあえず、あの男の人にでも話を聞いてみよう。 そう決めたところで、身体が妙に熱くなった。 特に右手の甲が熱い。むしろ痛い。熱したヤカンに手の甲を押しつけたらこうなるだろうか。思わず右手を抑えてうずくまる彼に、ルイズが苛立った声をかける。 「『使い魔のルーン』を刻んでいるだけだから、すぐ終わるわよ」 それは、時間にすれば確かにすぐ終わるのかもしれなかった。ただ、これまで強い負荷を受け続けてきた彼の精神は、そんな痛みに耐えきれず。 トウヤは めのまえがまっしろになった! 「ねえ、ちょっと、大丈夫!?」 ゆさゆさと身体を揺さぶられて、少年は目を覚ました。眼前には、女の子――ルイズの顔。 バックに広がっているのは青い空だ。どうやら彼は、草原にあおむけで横たわっているらしい。痛みの酷かった右手の傍では、髪の薄い男性がなにやらスケッチを取っていた。 大丈夫、と言って起き上がると、ルイズがじろりと睨みつけてくる。 「ルーンを刻まれた程度で倒れるなんて……まぁ、大事でなくて安心したけど」 後半が良く聞こえず聞き返そうとするも、その前に周囲から野次が飛んだ。 「契約で使い魔を殺したのかと思ったよ!」 「そしたら、ゼロどころかマイナスじゃない。ルイズのキスは『あくまのキッス』ってやつ?」 ルイズの鳶色の眼が怒りできらめく。そのまま唇を開いて反撃の言葉を吐き出そうとしたところで、男性がパンパンと手を叩いて場をおさめた。 「そこまでです。……じゃあ皆さん、部屋に戻りましょうか」 そして男性はくるりときびすをかえすと、ふわりと宙に浮いた。 周囲の人垣も、同じように宙に浮く。そしてそのまま、城のような石造りの建物へと飛び去った。 「ルイズ、お前は歩いてこいよ!」 「あいつ、『フライ』どころか『レビテーション』すら使えないんだぜ」 「その平民、『ゼロ』の使い魔としてお似合いよ!」 口々に叫んでは、紐で引かれるように城へと飛んでいく。 少年は口をあんぐりと開けてそれを見送った。彼の常識では、人は飛ばない。個人で使える飛ぶ手段はあったはずだが、どうにも思考がはっきりしなかった。 少年と二人残されたルイズは深いため息をつくと、疲れたように彼に問いかけた。 「あんた、なんなのよ」 訊かれたのでとりあえず名前を答えようとして、すんなり出てこないことに戸惑った。それどころか記憶全体にもやがかかっているようで、なにも思い出せない。 思い出せないので首を振る。ルイズが慌てたように「名前は?」とか「住んでいた場所は?」などと訊いてくるが、ことごとく返せない。 「まさか、記憶喪失……?」 「そう、みたい」 恐る恐るといったその言葉に、彼はこくんと頷く。 「よりによって召喚したのが平民で、しかもそれが記憶喪失だとか……ああもう!」 「……ごめん」 ルイズは苛立ちを込めて彼を睨みつけるが、恐縮したように縮こまってしまっている相手に怒り続けることは難しかったらしい。 彼女は再び肩を落とすと「部屋に戻るわよ」と気の抜けた声で言った。 「記憶喪失ってのは本当みたいね」 ルイズがこちらの世界のあらましを語り、少年が分からないところについて訊く、といった形でいくらか会話した後、彼女はそう頷いた。 地名や歴史はともかく、貴族と平民の違いやメイジ、更には魔法についてすら知らないというのは、ハルキゲニアではあり得ない。幼児ですら持っている知識だ。 例え東方にあるとされる『ロバ・アル・カリイエ』から来たと考えても、魔法についての知識まで欠けているというのはおかしい。かの地の近くには、あの恐ろしいエルフが居るはずなのだから。 「……とりあえず、明日にでも校医に診て貰いましょう。ここまでなにもかも忘れてると、日々の暮らしにすら支障が出かねないわ」 「ありがとう」 にこりと笑いかけられ、つい溜息が洩れる。この使い魔は、事態の深刻さを理解しているのだろうか。 「使い魔の健康管理も主人の仕事よ。気にしなくて良いわ」 「……俺がゴシュジンサマのツカイマだってのは分かったけど、具体的にはなにをすれば良いんだろう?」 そういえば、彼の立場については説明したが、使い魔の仕事の詳細までは話していなかった。 記憶が戻るにしろ戻らないにしろ、知らせておいて損はないだろう。 「使い魔の仕事は主に三つよ。まず、主人の目となり、耳となること……なんだけど、これはダメね。わたし、なんにも見えないもの」 「そうなんだ」 使い魔は申し訳なさと安堵の入り混じった微妙な表情で頷いた。 「次に、特定の魔法を使う時に必要な秘薬を見つけてくること……なんだけど、これもダメね。記憶喪失じゃ、コケやら硫黄やらって言っても分からないでしょ?」 「うん」 平民では記憶が戻ったとしても駄目な気がするが、あえてそれは考えまい。 「そして最後に、主人の身を守る存在であること……なんだけど、これもダメよね。あんた、腕っ節があるようには見えないし、なにか特別な能力があるわけでもないだろうし」 「……ん、ああ、そうだね」 身を守る、と言ったところでなにか引っかかっていたようだが、大したことではないようだ。 しかし整理すると、この使い魔は使い魔らしいことは何一つ出来ない、ということになる。 平民を召喚してしまった自分のふがいなさにちょっとだけ泣きたくなったが、それよりまずは彼の仕事を決めることにした。なにが出来ずとも、遊ばせておくわけにはいかないのだから。 「ということで、あんたには洗濯と掃除、後はその他の雑用をやってもらうわ」 「了解」 能力と種族はともあれ、従順なのは美点だ。使い魔としてはそれが普通なのだが、ヒトであり、かつ常識に欠ける以上は、もう少し軋轢があってもおかしくなかった。 記憶喪失から来る不安もあるのだろう。それが、自分の行った『コントラクト・サーヴァント』が原因である可能性を考えると、ちょっとだけ後ろめたくなった。 そんな後ろめたさを振り払うように、ルイズは話を変えた。 「ところで、あんた召喚された時になんかごそごそやってたけど、あれはなにをしてたの?」 「ごそごそ?」 「いや、このバッグ漁って、なにかやってたじゃない」 そう言ってバッグを手渡してやるも、使い魔は首を傾げている。やはり、自分の持ちものについてすら忘れてしまっているらしい。 もしかすれば、バッグが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないと思ったのだが、そう簡単にはいかないようだ。前途多難である。 ルイズは一つ首を振ると、疲れ切ったように言った。 「いいわ、忘れて。……たくさんしゃべって疲れちゃったから、寝るわ」 「分かった」 そう簡潔に答えると、使い魔はごく自然な動作で部屋を出ようとする。慌てて止めた。 「ちょ、ちょっと待ちなさい! 何処に行くのよ!」 「……? ツカイマは外、じゃないの?」 「いやまぁ普通はそうだけど! 使い魔用の厩舎もあるけど!」 ご主人様と使い魔の関係をはっきりさせておこうとは思っていたけれど、流石にそこで寝ろとまでは言わない。むしろ言えない。 あれだけの思いをして契約した使い魔が、大型の幻獣に餌と間違われて美味しく頂かれてしまいました、なんてなったら、泣くに泣けない。 毛布を投げ渡しつつ、ベッドから離れた床の一角を指指す。 「これ貸してあげるから、そこで寝なさい」 「……ん、ありがとう」 反抗的なのは大変だろうが、理解が良すぎるのもそれはそれで疲れるものだ。 そんなことを思いながら、ルイズは寝るために着替えることにする。ブラウスのボタンを全て外したところで、使い魔に視線をやると、毛布にくるまり既に寝息を立てていた。 「……はぁ」 本来なら怒鳴ってでも起こしてやるべきところなのだろうが、今日は色々とあり過ぎて気力がない。洗濯に関しては、明日にでも改めて言いつけることにしよう。 ルイズはランプの灯を落とすと、寝台に横になる。するとよほど疲れていたのか、使い魔に負けず劣らずの早さで寝息を立て始めた。 前ページ次ページゼロの使い魔BW
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前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔 ウルトラマンゼロの使い魔 第七話「王女の来訪」 銀河皇帝カイザーベリアル 帝国猟兵ダークロプス 暗黒参謀ダークゴーネ 暴れん坊怪獣ベキラ 登場 ルイズは自分のベッドの上で、夢を見ていた。舞台は生まれ故郷のラ・ヴァリエールの領地にある屋敷。 幼い頃のルイズはしばしば、デキのいい姉たちと自分を比べて叱責する母から逃げるために、 あまり人の寄りつかない中庭の池に身を隠していた。 その日も小船の中に忍び込み、用意してあった毛布に潜り込んでしくしく泣いていると、 中庭の島にかかる霧の中から、一人のマントを羽織った立派な貴族が現れた。 「泣いているのかい? ルイズ」 尋ねてきた貴族の顔は羽根つき帽子に隠れて見えないが、ルイズは彼が誰だかすぐにわかった。 子爵だ。最近近所の領地を相続した、年上の憧れの貴族。そして、父と彼との間で交わされた約束……。 「子爵さま、いらしてたの?」 「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」 「まあ!」 ルイズは子爵の言葉で頬を染めて、俯いた。 「いけない人ですわ。子爵さまは……」 「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」 子爵がおどけた調子で聞くと、ルイズは首を振った。 「いえ、そんなことはありませんわ。でも……。わたし、まだ小さいし、よくわかりませんわ」 子爵はにっこりと笑って、手をそっと差し伸べてくる。 「ミ・レィディ。手を貸してあげよう。ほら、つかまって。もうじき晩餐会が始まるよ」 「でも……」 「また怒られたんだね? 安心しなさい。ぼくからお父上にとりなしてあげよう」 ルイズは頷いて、立ち上がり、大きな憧れの手を握ろうとした。 そのとき、風が吹いて貴族の帽子が飛んだ。 「あ」 現れた顔を見て、ルイズは当惑の声を上げた。同時に、姿も現在のものに変わる。 帽子の下から現れた顔は、憧れの子爵などではなく、使い魔の才人であった。 『デュワッ!』 その背後には、天高くそびえる青と銀の巨人、ウルトラマンゼロがこちらを見下ろしている……。 そして気がつけば、ルイズはラ・ヴァリエールの屋敷とは全く異なる、見知らぬ場所に立っていた。 「えッ!? ここどこ!?」 そこは、両脇に多数のモニターが宙に浮いている、無機質な金属で出来上がった部屋。 奥の一面がガラス張りになっている窓からは、先日ゼロに宇宙へ連れていった時に見下ろした、 ハルケギニアと似た惑星が見える。だがその星は、信じられないことだが、鉤爪の生えた 手のようなものに掴まれている。あの手は、一体どれほどの大きさなのか。 大きさといえば、今いる部屋もルイズと比較して異常に大きい。魔法学院や王宮のホールの何十倍もある。 そしてルイズはその部屋の中央に置かれた、半球形の透明な円蓋の中に閉じ込められているのだ。 非常に狭苦しく、部屋との対比もあって、籠の中の鳥になった気分である。 「ここは!?」 捕まっているのは自分だけではなかった。気づけば、すぐ横に白い見慣れぬ装束を纏った青年がいて、 自分と同じように外の光景に驚いていた。 青年の顔は見たことのないものだったが、ルイズは何となく、直感でそれが誰なのかを理解した。 「……ゼロ……?」 その青年は、どう見ても才人ではないが、中にいるのはウルトラマンゼロだ。それがルイズには分かった。 「ねぇ、あなた、ウルトラマンゼロよね? ここはどこなの?」 「ナオ……エメラナ……」 尋ねるルイズだが、青年はルイズに視線も寄越さなかった。いや、気づいてすらいない。 きっと向こうからこちらは見えていないのだ。 よく考えれば、これは夢で、到底現実とは思えないような光景が広がっているのに、妙なリアリティがある。 恐らく、これは自分の夢ではなく……。 『やっと会えたな……』 その時、窓の反対側にある階段の上から、玉座に腰掛ける者が青年に呼びかけてきた。 『ダークロプスを送り込んだ甲斐があったぜ……』 毒々しい赤色のマントを羽織った巨人の姿をひと目見たルイズが、目を見張った。 「え……!? ウルトラマン……!?」 その漆黒の巨人の顔つきの特徴と、胸部にあるカラータイマーは、彼がウルトラマンであることを示していた。 だがルイズは、漆黒の巨人がウルトラマンであるとは一概に信じられなかった。巨人は、ぶっきらぼうながらも 温かい雰囲気のゼロとは正反対の、背筋が凍えるほど冷たく邪悪なオーラを纏っていたからだ。 『疼く……疼くぜ、この傷が……!』 巨人は顔面の右半分、目頭から顎に掛けて走る大きな傷跡を撫でた。その巨人の名を、青年が口にする。 「ベリアル……!」 「ベリアル……」 『フフフフ……』 ルイズが復唱している間に、巨人ベリアルが玉座から一気にルイズたちの前へと降り立ってきた。 『見ろ……これはお前につけられた傷だ……! ウルトラマンゼロッ!』 傷を見せつけたベリアルに、青年=ゼロが叫ぶ。 「俺と戦え!」 すると、ベリアルはゼロをこれでもかとばかりに嘲笑した。 『何言ってやがる! そんな虫けらみてぇにちっぽけになっちまって。もうエネルギーがないんだろう?』 ベリアルは、今のルイズと同等の肉体のゼロを、限りなく見下していた。その態度は、 どんな命も大切なものだと説いたゼロとは真逆だった。 『こいつが欲しいか』 と言ったベリアルの爪先には、ウルトラゼロアイがあった。 「ウルトラゼロアイ! こいつ! それを返しなさい! それはゼロのものよ!」 思わず叫ぶルイズだったが、その声は誰にも届かない。当然だろう。これはきっと、過去に起きた出来事なのだ。 『お前はそこで見物していろ』 「何をする気だ!」 ベリアルが壁際に浮かぶモニターの一群を指す。それらは、奇怪な形の宇宙船団が緑色の光に包み込まれ、 どこかへ高速で飛ばされているところを映していた。 『今のでちょうど百万体目だ。光の国をぶっ潰してやるぜ!』 別のモニターは、その宇宙船に、ゼロに酷似しているが色合いと単眼という点が異なる巨人たちが 入れられるところを表示していた。 「な……何あれ……? もしかして、あのゼロみたいなのが、百万も……!?」 「やめろテメェ!」 『フッフッフッフッ……挨拶状はとっくに送ってやったぜ』 そしてまた違うモニターは、前にゼロの見せたビジョンにあった彼の故郷、光の国に、 ベリアルの数え切れないほどの宇宙船団が迫る場面をルイズたちに見せていた。 「あっちには親父がいる! 仲間もいる! お前の軍隊なんかに負けはしない!」 ゼロは懸命に言い放つが、ベリアルは更に彼を見下す。 『どんだけダークロプス軍団を造ったと思ってる! これからが見物だぜ!』 既に光の国には大軍団が押し寄せているのだが、宇宙船とダークロプスは今も送り込まれ続けられていた。 『いくらウルトラ戦士でも、この数は無理だなぁ』 モニターの中で、光の国から飛び立ってきたウルトラ戦士たちがダークロプス軍団と宇宙船団に立ち向かうが、 圧倒的に勢力が足りていない。彼らは四方からの宇宙船団の攻撃に晒される。 「ひどい……!」 「やめろぉー!! おいッ!!」 ゼロは必死で円蓋を叩くが、今の彼の力では、それを破ることも出来なかった。 『もうお前には何もない。絶望の恐怖を、味わうがいい……!』 「ベリアル、テメェ……!」 嘲笑うベリアルに、ゼロは怒りを露わにする。その彼の心情をおもんばかり、ルイズは胸を痛めた。 『カイザーベリアル陛下』 その時、ベリアルの背後に控えていた四つ目の巨大怪人が呼びかけた。その怪人も、 ベリアルと同質の禍々しい空気を纏っている。 『あぁ?』 『あれを』 怪人がモニターの一つを指し示すと、そこには、移動の用意をしている宇宙船団に攻撃を加える、 鳥のような形状の紅白の宇宙船の姿が映っていた。 「ジャンバード! みんな無事だったのか!」 ゼロの言葉で、その宇宙船がゼロの味方であり、仲間であることをルイズは知った。 『我々の侵略部隊を邪魔しております』 『ふんッ。撃ち落とせ!』 『はッ!』 怪人にベリアルが命令を下すと、ゼロはモニターの中の仲間へ向けて叫ぶ。 「逃げろ! 逃げるんだ! バラージの盾はまだ見つかってないんだぞ!」 その時、仲間からゼロへの呼びかけが来た。 『兄貴! 聞こえる!? ベリアルの思い通りにはさせないよ! 今助けるからね!』 『ゼロ! 気をしっかり! 必ず助けますから!』 「ナオ……エメラナ……」 少年と女性の声を聞いたゼロの瞳から、感涙がこぼれ落ちる。 「あれが……ゼロの仲間……」 ルイズがつぶやいた、その時、落涙から強い輝きが発せられて、円蓋が突然砕け散った! 「え!? 何が起きたの!?」 驚いていると、閃光は十字型の紋様に変化し、そこから緑と銀の腕が飛び出てきた! 『随分探しましたよ……』 紅白の宇宙船が窓を突き破って部屋に乱入したと同時に、優しい声がしたところで、その夢は途切れた……。 帝政ゲルマニア。それはトリステインの北東に位置する、キュルケの祖国。ゲルマニアは 他のトリステイン、ロマリア、ガリア、アルビオンと異なり、政治を司る首長の血統が 始祖ブリミルの系譜ではなく、そのこともあってか他国とは社会制度や気風が大きく異なる。 形式よりも実質を優先し、メイジでない者でも財力と実力次第で貴族に成り上がれる。 これらのことから他国はゲルマニアを「野蛮」と侮蔑するが、その姿勢がゲルマニアを トリステインの10倍以上の面積を持つ大国へ成長させたのは紛れもない事実である。 またゲルマニアは、ハルケギニアで最も工業が盛んである。魔法の技術はガリアに及ばないが、 平民でも扱える銃や大砲などの火器の開発力は他国を大きく突き放しているので、 軍事力の観点ならガリアと肩を並べる。ゲルマニアもトリステインと同じように 何度か怪獣が出現しているが、基本的に歯が立たないトリステインと違い、抱える火力を駆使して 怪獣を倒す実績を築き上げている。 「ゲエエゴオオオオオオウ!」 しかしある日の早朝に、その火器を造り出す大切な工場の一つを襲っている怪獣は、それまでの怪獣たちと異なり、 ゲルマニアの火力を以てしても暴虐を止められなかった。怪獣の正体は暴れん坊怪獣ベキラ。真ん丸とした目を持った 愛嬌のある面構えからはちょっと想像できないが、その実異名通り怪獣の中でも非常に凶暴な性質で、見境なく暴れて 周辺の大地を荒野へ変えてしまう。 恐ろしいのは性格だけではない。戦闘力も侮れないものがある。筋力は言わずもがな強力で、 口から吐く火花状の火炎は街を簡単に焼き払う。そして一番厄介なのが防御力で、その皮膚は 並大抵の攻撃では突き破れないほど頑強なのだ。 そんなベキラにも弱点がない訳ではない。皮膚が固いのは正面だけで、そちらに防御を集中しているからか、 背面は嘘みたいに脆弱。ここが急所となっているのだが、また厄介なことにベキラはそれを熟知している。 弱点の背後には徹底的に気を配り、攻撃は必ず正面から受けるようにする、難攻不落の怪獣なのだ。 「ゲエエゴオオオオオオウ!」 そして何より、ハルケギニアの人間がベキラの弱点を知っているはずがない。ベキラが必ず 正面を向くように動いていることにゲルマニア軍は気づかず、攻撃を受け止め続けられて、 反撃と消耗で弱っていく。 既に工場の半分はベキラによって目も当てられないほど破壊されてしまっていた。必死に抵抗する ゲルマニア軍だが効果が出ず、戦意がくじけかけていた、その時、 「セリャァァァァァァァッ!」 空の彼方から、ウルトラマンゼロが赤熱する飛び蹴り、ウルトラゼロキックを放ちながら ベキラの背面目掛け飛んできたのだ! はるか遠方から高速で飛んでくるゼロの存在を、 さしものベキラも認知できず、接近に気づいて振り返ろうとした時には遅かった。 「ゲエエゴオオオオオオウ!」 必殺のキックは弱点の背中に深々と突き破り、ベキラは背中から火花をまき散らしながら倒れ込んだ。 そして間を置かずに爆散する。 『よっ……とぉッ! 一丁上がりッ!』 着地してすぐに工場の火災を消火したゼロに、ゲルマニア軍が大歓声を送るのだが、当のゼロには、 怪獣を瞬殺したにも関わらず、それに構っている余裕がなかった。カラータイマーが点滅しているのだ。 わざわざ隣国トリステインからここまで飛んできたので、到着した時点でもう制限時間が近かったのである。 『あーもうッ! うるせぇな! 分かったよ、帰ればいいんだろ帰ればッ!』 若干キレ気味のゼロは、両手を空高く掲げて空に飛び立ち、はるばる飛んできたトリステイン魔法学院へと、 とんぼ返りで帰っていった。 「はぁ~……」 魔法学院本塔の玄関前に立ち並ぶ生徒たちの列の後ろで、才人が大きくため息を吐いた。 それをルイズが咎める。 「ちょっと、みっともないからシャンとしなさい。もうすぐ姫殿下がいらっしゃるのよ」 「そうは言われてもなぁ……こちとら疲れてるんだよ」 ルイズたち生徒が玄関前で今か今かと待っている相手は、トリステインの王女アンリエッタ。 授業中にゲルマニア訪問の帰りに急遽魔法学院に立ち寄ることをコルベールが知らせてきたので、 授業は全て中止され、教師生徒総出でアンリエッタを迎えることとなったのだ。 しかしそれと才人の疲労は別の話。彼は今日の朝、ゼロが遠くの地ゲルマニアでベキラが暴れていることを 超感覚で察知し、戦況からして人間の手に余ると判断して洗濯の途中だった才人に変身をさせて、 退治に向かった。怪獣退治自体には何の問題もなかったのだが、才人とゼロは現在一心同体、 彼の消耗はそのまま才人の体力に響くのである。これまでにも遠出をすることは何度かあったが、 今回は今までで一番長い距離を往復した。だから今日は一段と疲れているのだ。かつて地球を護っていた ウルトラ戦士は、防衛隊に所属することで現場での変身が出来ていたようだが、この世界には 国家を超えた対怪獣組織は今のところ存在しない。 ちなみに怪獣退治で才人の雑務が放り出される時は、メイドのシエスタが助けてくれる。 才人は彼女に深く感謝しているが、このことは何故かルイズを苛立たせるのだった。 『悪いとは思ってるが、こればっかりはどうしようもねぇんだ。すまんが我慢してくれ』 「あッ、別にゼロを責めてる訳じゃ……」 ゼロに謝られて逆に気が引ける才人だが、ゼロの方はそれを聞いておらず、こんなことをぼやいた。 『せめてミラーナイトがいれば、移動に時間を掛けることはなくなるんだがなぁ……』 「ミラーナイト?」 才人も聞いたことのない名前に、ルイズと一緒に首を傾げた。 「そのミラーナイトっていうのは、もしかしてゼロの仲間?」 ルイズは今日見た夢の終わり間際で、その名前を一瞬だけ聞いたような気がしたのを思い出して尋ねた。 『あぁそうだ。俺の結成したウルティメイトフォースゼロの一員だぜ。……っと、 ウルティメイトフォースゼロのことは教えてなかったな』 ちょうどいい機会だと、ゼロは二人に「ウルティメイトフォースゼロ」のことを説明し出した。 『俺はこのハルケギニアに来る前、故郷光の国がある宇宙とは別の宇宙を守る役目をしてた。 そうなった経緯は長くなるんで省くが……。で、俺は任に就くに当たり、その宇宙の戦士たちを 仲間に引き入れて、新宇宙警備隊を結成したんだよ。メンバーは炎の戦士グレンファイヤー、 鋼鉄の武人ジャンボットとジャンナインのジャン兄弟、そしてさっき言った鏡の騎士ミラーナイトだ』 才人とルイズの脳裏に直接、ウルティメイトフォースゼロのメンバーの姿が映し出される。 『ミラーナイトは鏡から鏡へ移動する、とても便利な能力を持ってる。あいつがいれば、 俺も移動に貴重な変身時間を費やす必要がなくなるって訳だ。あいつらは俺と違って、 制限時間ってものもないしな』 「そんな便利な能力がある人を、どうして連れてこなかったの?」 ルイズの素朴な疑問に、ゼロはこう答えた。 『いや、連れてきたんだぞ』 「えぇ?」 『どれだけの期間と規模の任務になるか分からなかったから、人手はあった方がいいと思ってな。 元の宇宙も平和になってたし、留守はジャンナインに任せて、四人でこのハルケギニアに旅立ったのさ』 「って、ちょっと待てよ。俺たち、そのミラーナイトたちを一度も見てないんだけど」 「そうよ。一体どこ行っちゃったの?」 当然その疑問が出てくる。それに対するゼロの回答は、とんでもないものだった。 『それが、宇宙を移動してる最中に運悪く次元嵐に遭っちまって、バラバラになったんだよ。 何とかまっすぐたどり着けたのは俺だけだったんだ。才人と激突したのも、それが原因の一つなんだ』 「えぇぇ―――――――――!?」 急にルイズと才人が大声を上げて周囲が怪訝な目を向けてきたので、慌ててごまかした。 「ちょっと! それってすごくまずいんじゃないの!? 仲間が行方不明になったんじゃない!」 「そうだよ! 探しに行った方がいいんじゃ……!」 血相を抱えるルイズたちだが、ゼロはあっけらかんとしたものだった。 『なぁ~に。あいつらがそう簡単にくたばるかよ。今は時間が掛かってるだけで、自力でこのハルケギニアに たどり着けるはずだ。その時俺がどこかに行ってたら困るだろうし、こうして待ってるだけでいいさ』 「そ、そんなものなの……?」 思わず呆れ返るルイズ。どうもゼロは、良い意味でも悪い意味でも、楽観的なきらいがある。 それが悪い方向に転ばないといいのだが……。 それと、ミラーナイトの名前を聞いて、今日の夢の内容を思い返す。あれはきっとゼロの記憶……それを見たのだ。 その中に出てきた、あの漆黒のウルトラマンは一体……。きっと終わったことなのだろうが、 あの「ベリアル」という存在が、ルイズの心に強く刻み込まれていた。 「トリステイン王国王女、アンリエッタ姫殿下のおな――――り――――ッ!」 なんてことを考えていたら、とうとうアンリエッタの到着が告げられた。それにより、 玄関前の全員がたたずまいを直した。 そして正門をくぐった王女の乗る馬車が、玄関前で停止する。緋毛氈のじゅうたんが敷かれると、 最初に枢機卿マザリーニ、そして彼が手を取りながらアンリエッタが降りてきた。生徒の間から歓声が上がる。 「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの」 気の強いキュルケがつまらなそうに呟く。 「ねえ、ダーリンはどっちが綺麗だと思う?」 才人に尋ねるが、その才人はルイズの方に集中していた。 ルイズは何やら真面目な顔をしてアンリエッタを見つめている。その様はなんとも清楚で、 美しく、華やかである。 その表情に見とれていると、不意にルイズがはっとした顔になった。それから顔を赤らめる。 表情の変化が気になって同じ方向を見ると、その先には王女の従者の一人、見事な羽帽子をかぶった、 凛々しい貴族の姿があった。 ルイズがその貴族をぼんやり見つめていると、才人は何だか非常に不愉快な気持ちになった。 そしてそれからずっと、ルイズは様子がおかしかった。立ち上がったと思ったら、再びベッドに腰かけ、 枕を抱いてぼんやりしている。 「お前、ヘンだぞ」 たまらなくなった才人がそう言ったり、目の前で手を振ったり、髪を引っ張ったりと色んなことをしたのだが、 全く反応がなかった。普段ならこんなことをしようものなら、即刻張り倒されるのだが。 何にも反応を示してくれないので、才人が一人で落ち込んでいると、ドアがノックされた。 初めに長く二回、それから短く三回……。 それでようやく、ルイズが反応をした。急いでブラウスを身につけ、立ち上がると、ドアを開いた。 そこに立っていたのは、真っ黒な頭巾をすっぽりとかぶった、少女だった。 「……あなたは?」 ルイズが問いかけるが、少女は口元に指を立て、魔法の杖を取り出すと軽く振った。光の粉が、部屋に舞う。 「……ディティクトマジック?」 ルイズが尋ねると、頭巾の少女が頷く。 「どこに耳が、目が光ってるかわかりませんからね」 調べ終わってから、少女は頭巾を取った。その下の顔は、紛れもないアンリエッタ王女その人だった。 ルイズは慌てて膝を突く。 「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」 アンリエッタは涼しげな、心地よい声で言った。 前ページ次ページウルトラマンゼロの使い魔
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岩壁の間を走る道を、ギアッチョ達は「桟橋」へと急いでいた。迷うことなく 駆け行く彼らを、二つの月が煌々と照らしている。ギアッチョは前を走るルイズに 眼を遣った。さっきから何度も心配そうに後ろを振り返っている。売り言葉に 買い言葉で出ては来たものの、やはりキュルケ達が心配なのだろう。宿屋の 辺りから薄っすらと黒煙が上がっているとなれば尚更だ。 ついて来たのは彼女らの勝手だ。キュルケに聞こえるような場所で任務の ことを口走ってしまったことを責められればこちらの落ち度だったと言わざるを 得ないが、それでもついて来たのは彼女達の勝手だ。しかし、ならばあの場で 逃げ帰るのもまた彼女達の勝手だったはずだ。極秘の任務だと言われたから には、決して誰にもそれを明かさない覚悟がルイズにはある。だからキュルケ 達は結局何も知らなかったし、何も聞いてはいなかった。彼女達は遊び半分で ここまで来た。ただそれだけのはずだ。命を賭けてまで敵の足止めをする 理由も責任も、砂の一粒程もありはしないはずなのだ。 ――どうして・・・そこまでするのよ・・・! 「バカじゃないの!?」とルイズは怒鳴りたかった。今すぐ宿に引き返して、 あの三人を学院まで追い返したかった。 ――どうしてそこまでするのよ・・・! ルイズは我知らず繰り返す。彼女達と自分は、同じ学年でただ最近少し縁が あるというだけの関係だ。自分の為に命を張れるような関係であるはずがない。 彼女達と自分は、友達でも何でもないのだから。 そう考えて、ルイズの心はズキンと痛んだ。友達でも何でもないという、つい 数日前まで当たり前だった事実が彼女の心に突き刺さる。 その痛みに顔を歪めて、彼女はようやく自分の気持ちに気がついた。自分は 彼女達の輪に入りたかったのだと。彼女達と、笑い合いたかったのだと。 キュルケ達と楽しげに笑う自分の姿が一瞬脳裏をよぎり――それが彼女の 孤独を残酷なまでに浮き彫りにする。そんな自分がどうしようもなくみじめで 悲しくて、ルイズは唇を噛んでただ俯いた。 「おーい旦那ァ ちょいといいかね?」 ギアッチョの腰で、デルフリンガーがガチャガチャと音を立てる。 ギアッチョは先頭を走るワルドの背中に視線を合わせたまま、口だけで 「何だ」と返事をした。 「いやね、さっきの決闘でずーっと引っかかってたことがあったんだが そいつを今ようやく思い出してよ」 デルフリンガーはそこでギアッチョの反応を見るように言葉を切る。ギアッチョの 無言を先を続けろという意味に受け取って、デルフは言葉を継いだ。 「俺、どうやら魔法を吸収する能力があるみてーなんだわ」 軽い口調で告げられたそれに、ギアッチョはピクリと眉を上げる。 「・・・てめー、そりゃあかなり珍しい能力なんじゃあねーのか」 この世界には、魔法を利用して特殊な力を持たせたマジック・アイテムなるものが 氾濫している。しかし魔法を吸収するアイテムというものは、ギアッチョは寡聞に して知らない。そんなものがあれば貴族連中はこぞってそれを求めている だろう。少なくとも、あの土くれのフーケならば奪ってでも手に入れるはずだ。 先の戦いで、彼女がそれを使ったという話はない。ということは、そんなアイテムは この世に存在しないか――そうでなくとも相当な珍品である可能性が高い。 「へっへ ちったぁ見直したかい?旦那」 「・・・・・・まーな つーかよォォ~~、てめーは一体何なんだ?」 嫌々といった表情で返事をするギアッチョに人間で言う首をすくめるような動作を して、デルフリンガーは答える。 「いやー、実を言うとそこんところがちょいと曖昧でね 何千年も生きてりゃあ そりゃ記憶も風化するってなもんでよ」 何千年、という言葉にギアッチョはデルフに眼を落とす。彼の出自に興味が 沸いたが、しかしそれは直後後方から迫り来た足音と殺気に掻き消された。 ギアッチョはデルフリンガーに手をかけるとぐるんと背後を振り向き、そのまま 殺気を発した人物を確認もせずに魔剣を薙ぎ払った。 「――ッ!」 背後に迫っていた黒い影はまるで体重を感じさせない動作で斬撃を跳び避け、 そのままギアッチョの頭上を跳び越えてルイズに迫る。気配を感じてルイズが 振り向いた時には、彼女の身体は既に影に捕えられていた。 「きゃあッ!?な、何なのよ!」 ルイズの身体を片腕で乱暴に抱えて影は笑う。二つの月に照らされたその 顔を、白い仮面が覆っていた。 「ナメた真似してくれるじゃあねーか!」 そう吼えると共にギアッチョは先ほどの攻撃を巻き戻すような形で背後の 白仮面に斬りかかるが、 「・・・てめー」 デルフリンガーの切っ先は、ルイズの喉元一サントで停止した。 「ギアッチョ!」 ルイズが叫んだその瞬間、彼女を盾にした仮面の男が突き出した黒塗りの 杖によってギアッチョの身体は数メイルを吹っ飛んだ。 「チッ 野郎・・・」 前傾姿勢で着地したままウインド・ブレイクの風圧で尚も数十サントを 押し下げられ、ギアッチョは色をなくした眼で毒づいた。 「イル・フル・デラ・ソル・・・」 仮面の男はルイズの身体をきつく掴み、素早くルーンを唱える。一瞬の うちにフライの魔法を完成させ、仮面の男はこの場を離脱しようとするが、 背後の異変に気付いたワルドが既に彼に杖を向けていた。ワルドを 振り返った男が防御の姿勢を取るより早く、ルイズだけを見事に避けて 空気の槌が仮面の男を宙に打ち上げる。 「がはッ!」 「大丈夫かいルイズ!すまない、気付くのが遅れたよ」 ルイズに駆け寄って、ワルドは安心させるように彼女を抱きしめた。 レビテーションで何とか体勢を立て直した仮面の男にギアッチョが肉薄する。 「いけすかねぇ仮面を叩っ斬ってやるぜ てめーの顔面ごとよォォー!」 男に息つく暇も与えず唐竹割りにデルフリンガーを振り下ろす。どうやら かなり戦い慣れているらしい仮面の男は後ろに跳んであっさりそれを かわすが、ギアッチョは「ガンダールヴ」の力によって常人では有り得ない 速度で斬撃のラッシュを続ける。横薙ぎに首を狙い返す刀で袈裟に斬り下ろし、 心臓を狙って刺突を繰り出しそのまま回転してまた首を薙ぐ。太刀筋は 素人でもそれが全て急所を狙ってくるとなれば気を抜くわけにはいかない。 その上、ラッシュの折々に腹や顎等を狙って手や足が飛んで来る。 そっちのほうには多少の心得があると見えて、一瞬でも気を緩めれば そのまま真っ二つにされてしまいかねなかった。 仮面の男はチッと舌打ちする。手の内を見せてしまうことになるが、一気に 決めてしまわねば数十秒後に倒れ伏しているのは自分かも知れない。 ギアッチョの怒涛の連打の間隙を突いて杖を突き出し、バッと跳び上がって ウインド・ブレイクを放つ。今度は読んでいたようでギアッチョは一メイルほど 押されながらも吹き飛ばずに留まったが、仮面の男は逆に己の魔法の 反動を利用して四メイル程後ろに跳び退っていた。そしてそのまま間髪 入れず次の呪文を唱える。ギアッチョが駆け出す頃には既に仮面の男は その杖を振っていた。ギアッチョは男の周囲の空気がどんどん冷えていくの にも構わず突っ込むが、 「や、やべぇ!旦那!俺を突き出せッ!!」 魔法の正体に気付いたデルフが叫んだ瞬間、 バチィッ!! 激しい音と共に男の周囲の空気が爆ぜ――男の周囲とギアッチョを繋いで、 一筋の閃光が走った。 「ぐおあああああああッ!!」 左腕を中心に全身に雷撃を受け、左腕が燃え尽きたかのような痛みに ギアッチョは痛苦の声を抑え切れなかった。常人ならば気絶してもおかしくは ない痛みをなんとかこらえ、ふらつきながらも己のプライドを杖にして立ち続ける。 「ギアッチョ!!」 ワルドの腕をほどいてルイズがギアッチョに駆け寄る。ワルドは少し首をすくめて、 仮面の男に向き直った。猛獣のようにその身体をかがめると、一瞬にして男に 躍りかかる。ギアッチョに対抗するかの如く、ワルドは急所目掛けて己の杖で無数の 突きを繰り出した。防戦一方の仮面の男にフッと笑いかけると、決闘の時と同じく 前触れのないエア・ハンマーで敵を打ちのめす。 「ぐあッ・・・!」 肺から空気を吐き出して男は虚空を舞ったが、しかし吹っ飛んだことでワルドから 距離を取れたという事実に仮面の下の口はニヤリとつり上がった。既に詠唱を 完了していたフライを発動させ、彼は瞬く間に闇夜へ消え去った。 「ギアッチョ!大丈夫!?」 ギアッチョの身を案じるルイズを苦痛に歪む眼で一瞥して彼は口を開く。 「うるせーぞ・・・黙ってろ、声が頭に響く」 眩暈すら起こす痛みに右手で頭を押さえながら、ギアッチョは努めて平静な 口調でそう言った。 「で、でも・・・」 「とっとと向こうへ行きな・・・婚約者様が見てるぜ」 「行けるわけないじゃない!手当てをしないと・・・!」 ワルドはしばらくその場に佇んで彼らを見ていたが、ギアッチョから離れる様子の ないルイズに首を振って、やがて諦めたようにやって来た。 「ライトニング・クラウド・・・あの男、相当な術者のようだな しかし腕で済んでよかった 何故だか分からないが、君はかなり運がいい あれは本来ならば命を軽く奪う呪文のはずだよ」 「ふむ・・・ひょっとすると、この剣が電撃を和らげたのか?」 ワルドはあっさりと原因を看破するが、相棒の心を慮ってかデルフリンガーは 一言「知らん、忘れた」と答えた。 「インテリジェンスソードか?珍しい代物だな・・・」 「ワルド・・・そこまでにして ライトニング・クラウドの威力から考えれば運が よかったけど、これだって気絶しかねない大怪我だわ 手当てをしてあげて!」 嘆願するような声で言うルイズに、ワルドは困った顔を向ける。 「ルイズ・・・それは出来ない」 「どうして!?」 「いつ敵に追いつかれるか分かったものじゃない こんなところで悠長に治療を している暇はないんだ」 「そんな・・・!」 「そいつの言うことは正しい・・・先に進むぜ」 ワルドを説得しようとするルイズにストップをかけたのはギアッチョだった。 「この程度でくたばるほどヤワな人生は送っちゃいねー」 「でも・・・!」と食い下がるルイズから眼を離して、ギアッチョは先頭に立って歩き 始めた。ワルドは優しくルイズの髪を撫でて促す。 「さ、行こう 桟橋はすぐそこだ」 「・・・・・・分かったわ」 ギアッチョの背中に固い意思を見て、ルイズは渋々それを承諾した。 「・・・これが桟橋だと・・・?」 丘に作られた長い階段を登り切った果てに現れたものを眼にして、流石の ギアッチョも驚愕を隠せなかった。 それは山ほどもあろうかという大樹だった。視界に収まりきらない程の 巨大な幹から、無数の枝が四方八方に伸びている。その枝一つ取っても 普通の樹を何十本も束ね合わせたような大きさである。一体どれ程の 高さなのかは闇夜に溶けて伺えないが、天を衝くという言葉に相応しい 威容であろうことは容易に想像がついた。 ――まるでゲルマンの神話だな・・・ アスガルド・ミッドガルド・アールヴヘイム・・・幾層もの世界を貫きそびえる 神話の大樹の末端がこれだと言われれば、今のギアッチョはあっさり 信じたかもしれない。それ程までに巨大な老樹であった。 ギアッチョはその枝に吊るされた船に眼を向ける。上空高く浮かんでいる それを見た感想は、「メローネにホルマジオ辺りがやってるゲームに あんなのあったな」だった。船に乗るのに丘の上へ登る時点で薄っすらと 予想がついていた上にこんな壮大な樹を見せられた後である。どうでも いいとまではいかないが、全く驚く気にはなれなかった。 しかしあれに乗るとなると興味は沸いてくる。 「空飛ぶ船に乗るのは初めてだな」 と呟くギアッチョに、彼を心配して隣についていたルイズが不思議な顔をする。 「ギアッチョの世界にもあるんでしょ?空飛ぶ船・・・ええと、ひこうきだっけ」 「船の形と原理じゃ空は飛べねー 船と飛行機は全く別の代物だ」 「へぇ・・・」 わたしもいつか乗ってみたいと言いかけて、ルイズは慌てて口をつぐんだ。 ギアッチョの郷愁を無意味に呼び起こすべきじゃないと心中すぐにそう 考えたが、それが自分への言い訳であることは痛い程解っていた。 結論を出されたくないだけなのだ、自分は。イタリアへ帰るという結論を 出されることを激しく恐れている自分を、ルイズは否定出来なかった。 ギアッチョをイタリアへ送り返す方法は、未だに探している。しかし本を 一冊調べ終える度に落胆と共に彼女に生じる感情は、もはや疑念の 余地もなく「安堵」であった。ギアッチョを帰らせてやりたいという気持ちと 自分の使い魔でいて欲しいという気持ち、二つの感情がせめぎあって ルイズはもうどうにも動けなくなってしまいそうだった。そんな時に一瞬 いっそ一緒にイタリアへ行けないだろうか等と考えてしまい、少女の 悩みは更に混迷を増してしまった。 ルイズはぶんぶんと首を振る。考えるな。何も考えなければ、悩むことも ない。ルイズはそうして、無理に己を抑えつける。 「ルイズ?大丈夫かい?」 己の感情と躍起になって戦っていたルイズは、ワルドの声で我に返った。 「えっ、あ・・・ごめんなさい 何?ワルド」 ワルドは苦笑して言い直す。 「今偵察を終えて来たんだがね どうやら敵はまだ近くには来ていないらしい それで、僕は先に行って船長と交渉してこようと思う 使い魔君はその怪我 では満足に走れないだろうからね」 その提案にルイズが頷くと、ワルドは大樹の根元に作られた空洞へと 走って行った。ギアッチョは不服そうに舌打ちする。 「余計な真似しやがって・・・走るぐらいいくらでも出来るっつーんだよ」 「気遣ってくれたんだから正直に受け取りなさいよ」 そう言ってルイズはギアッチョの前に出た。 「ほら、階段を登るわよ 暗いんだから落っこちないでよね」 ギアッチョは不機嫌そうな顔をルイズに向けると、溜息をついて歩き出した。 空洞の中には幾つもの階段が並んでいた。それぞれが異なる枝に通じて いるらしく、一つ一つに違った文字の書かれたプレートが貼られている。 それらを物珍しげに眺めながら、ギアッチョはルイズに続いて階段を 登り始めた。上を見上げてみるが、階段の終わりは勿論見えない。 前を行くルイズに、ギアッチョは時間潰しに問い掛けた。 「すっかり忘れてたがよォォ~~ おめーあの時何を言うつもりだったんだ?」 ギアッチョからは見えなかったが、その言葉にルイズの顔は真っ赤に茹で 上がった。先の騒動で、バルコニーでのことなどルイズはすっかり忘れて いたのだった。しかも、冷静に考えてみれば自分はあの時一体どうする つもりだったのだろうか。よりにもよってギアッチョに一体何を言おうと したのかと考えて、ルイズの頭は爆発しそうに熱くなった。 「・・・ああ?どうかしたのかオイ」 いきなり動きがギクシャクし始めたルイズに、ギアッチョは怪訝そうに 声を掛ける。 「なっ、ななな何でもないわよ!あ、あああれは一時の気の迷いというか・・・ と、とにかく何でもないんだから!」 ルイズはしどろもどろで否定するが、何でもなくないのは明白だった。 しかしギアッチョは、「そうか」と言ったきり何も聞こうとはしない。ルイズが 焦るとどもるということはギアッチョも知っているので、まぁ聞かれたく ないなら別にいいと考えたのだった。 それっきり二人して黙り込み、気まずい空気の中を彼女達は上へ上へと 登り続ける。ようやく階段に終わりが見え始めた頃、ルイズはぽつりと言った。 「・・・ねぇ ギアッチョは、してないのよね・・・結婚」 ギアッチョに問われて、ルイズは結婚の話を思い出していたらしい。 ルイズの言葉に、ギアッチョは呆れたように答える。 「オレが結婚するよーな年齢に見えるってェのか?ええ?オイ」 「・・・貴族の間じゃわたしぐらいの歳で結婚することは珍しくないわ」 ルイズは当たり前のように答えるが、しかしその口調にはどこか悲しげな 響きが含まれていた。 要するに結婚したくないということなのだろうか?それならワルドにはっきり そう言えばいいではないか。ギアッチョはそんな疑問ををそのままルイズに ぶつけるが、ルイズはふるふると首を振って前を向いたままそれに答える。 「そんなこと父さまも母さまも許すわけがないわ」 王族に連なる血統を持つヴァリエール家は、それが故に厳格この上ない 教育方針を敷いていた。 「ワルドとの結婚は父さまが決めたことなの 他の人と結婚するなんて 言ったら、わたしは勘当されたって文句は言えないわ」 「・・・つまりこういうことか?俺が奴を暗殺――」 「ダ、ダメに決まってるでしょバカッ!」 チッと舌打ちするギアッチョにばっと向き直って、ルイズは眼をつり上げる。 「暗殺とかそういうのはダメだって言ってるでしょ!? いい?この世界にいる限りあんたはわたしの使い魔なんだからね! 勝手に殺したり奪ったりするのは絶っ対に禁止!分かった!?」 「細かいことを気にするヤローだな」 「細かくないっ!」 大声でまくしたてて、ルイズははぁはぁと肩で息をする。それからはっと 何かを思いついたような顔になって、彼女はギアッチョに背中を向けた。 「あ、ああ後一つ忘れてたわ!この世界にいる限り、わたしを置いて どど、どこかに行くなんて許さないんだからね!」 早口にそれだけ言うと、ルイズはギアッチョを置いて階段を駆け上がって 行ってしまった。 「・・・どこかに行くなってよォォー 自分でどっか行っちまったじゃあねーか 全くガキの言うことはわからねーな ええ?オンボロ」 「・・・・・・・・・いや・・・」 がしがしと頭を掻いてルイズが走って行った出口を見つめてそう言う ギアッチョに、デルフはどう答えていいものかついに思いつかなかった。